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――鞍馬山――



ふぅっと吐き出した煙管の仄かに青い煙があたりを漂う。それは徐々に人の形を模して、美しい羽織を身に纏う女性の姿へと変貌した




「今日の連絡係は乙子狭姫か、いらっしゃい」
「お久しぶりです巫女神様。そして申し訳ございません。天照様のことでお話が」
「天照?そういえばこの下界に転生すると言って早三百年。その気配が感じられなかったね、どうしたの?」




煙管の煙を手で払いのけ、目の前に座れるよう座布団を置けば、慌てたように手を振った




「巫女様がこのようなことを…、格の下である私がやるべきことで…」
「いいよ、気にしないで。それで?どうしたの」




天照が。濃い目のお茶を急須に注いで差し出せば、申し訳ないという様に眉を下げた彼女は、囁くような声音で言う




「実は、人の器に魂を入れるはずだったのですが、何の手違いか天照様の魂は人と妖狐の子の中に入ってしまわれまして…」
「…うん?」




ちょっと意味が分からないな。
思わず難しい顔をした私に、目の前の女神はスッと背筋をただした。いや、元からいい姿勢ではあったのだけれど




「どこがミスった」



「天照様本人が…」
「……あの駄女神が…!」
「ひぇ…」




バキッと手に持た特注品の煙管が折れた。やばい、これがないと連絡手段が消える。顔を青くした女神さまは両手を騒がしく動かしながら涙目で折れた煙管を見つめた




「それ、あの、作るのに百年単位必要なんですぅ」
「あ、ごめんね」




あの駄女神に対して怒りで震えてたの。
というか百年連絡が取れないだけで、なぜこんなにもこの子は顔を青くするのだろうか。
首を傾げる私に対してひたすらに「意識が」「戻る」「ヨモツヘグリ」の単語が聞こえてくるが全貌が見えない。




「そういえば、この煙管だけでしか吸えないの?」
「はい。あの霊草自体が特別なものですので…、あぁ、どうしましょう」




泣き出しそうな顔をして、乙子狭姫は煙となり消えていく。
何だったんだろうかと四つに増えた尾を揺らしながら私は目をつむり、そっと息を吐きだす。刹那。誰かの足音に今日は客人が多いなと古びた戸へと目を向ける




「たのもー!!」
「……あぁ、牛若か」




何となく気づいてたけれど

耳なじみの良い幼げな声音に頬を緩ませて立ち上がり、取っ手を外す




「いらっしゃい牛若。今日も僧侶さん方から逃げてきたのかな?悪い子」
「いいえ違います。貴女に座学を教わりに来たのです。昨日言ったではありませんか、次来た時には兵法を教えてあげると」
「いったけど、まさか昨日の今日とは思わなくてね、いいよ、上がって。さっきまで客人がいたんだけど、いろいろあって茶菓子を出すのを忘れていてね。食べていく?」
「はい!」




一秒の間も居れずに返事を返した童の頭を撫でる。元気がいいのはいいことだ。こんな時代だと、子供は七つ立たずに死んでいく。だから子供は大事にしなきゃいけないし、見守らなきゃいけない。




「今日は兵法もいいけれど、身体を動かすことでもしてみようか。」
「! 得意ですよ私!」
「うんうん、知ってるよ」




飛んだり跳ねたりお手のモノですから!笑顔で宣言した牛若の頭を撫でてやれば、嬉しそうな笑みを浮かべてふにゃふにゃと笑う。




「そういえば、牛若は将来どうするか決めてる?」
「将来ですか…、そうですね、戦に出たいです」
「戦に?」
「はい!そして、認められたい。」




誰にとは聞けなかった。この子にはこの子なりの考えがあって言っている。誰かに認められたいと喘いで、泣きそうになりながらきっともがいてる。私は無言で彼女の頭を撫でることしかできないのだ




「そうだ、元服をしたらどうかな。」
「私女ですよ?」
「大丈夫大丈夫過去に元服をして男の名前をもらい鬼退治に行った美女を私は知っている」
「え、だれですか」
「内緒」




勢いよく顔を上げ、思った以上に食いついてきた牛若の頭を抑える。どうどう。
先程まで暗い顔をしていたというのに
この変わり身の早さはいったい何なのか。少しだけため息をつきながら曇り始めた空を見上げる。ほんとに、いろいろ難儀だなぁ







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bkm






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