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月日がまた、幾年か流れた




――清姫――

優し気な声音に私は手を止める。お父様ともお母さまとも違う、優しい声音。けれど、それに愛は感じられるのに哀は感じられない。
この世の優しさを詰め込んだような、悲しさなんて知らないような声が私は大好きだった




「お姉さま」
「清姫、夕餉だよ。一緒に食べよう」
「はい!」




小さいころから私に琴や和歌を教えてくれる彼女は昔、お父様が連れてきた。庶民という割に服装は上等なもので、白い装束の上から羽織る藍を基調とした着物には金色の刺繍で牡丹が描かれていたのを今でも覚えている。幼心に彼女を怖いと思ってしまったのはなぜだろうか。




「夕餉を食べたらまた一緒に琴を弾こう」
「まあ、楽しみですわ」




本当に楽しみ。

微笑む私をお姉さまは優しい瞳で見下ろした。優しく私の頭を撫でて微笑ましいモノを見るように目を細めるのだ。愛されていると感じてしまう。いいえ、愛されているのだろう。そう、彼女は私を愛している。その心に嘘はない。けれど




『きっとお姉さまは、私がいなくなっても哀しく泣いてはくださらない』





彼女に背中を押されて追いかけた愛しい人に見捨てられ、川で溺れながら私は思う。
身体が川底に近づくにつれて、私の身体は人ではなくなりつつある。だからこそわかるのだ。彼女は、お姉さまはきっと人ではなかった。悪いモノではなかったけれど、いいモノでもない。愛はあっても哀はない。悲しむ心をきっとどこかに置いてきてしまった。

目から溢れ出る涙も、口からこぼれた最後の息も、この悲しい想いも、きっと彼女はわかってくれるけど、共感は出来ない。そして私は



愛しい人を殺すためだけのバケモノになる



それが悲しくて怖くて、助けてほしくて、だけどーーーー、もう遅い。

溢れるのは愛しいと思う想いと憎いと思う憎悪だけ。ああ、あぁ、私は人ではなくなった。私はただの、バケモノに、どうして、どうして背中を押したのお姉さま。こうなること、わかってたんじゃないの…?こほっと、さいごの空気と涙が川の水に交じり、私はただのバケモノになった



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bkm






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