04



「やっべぇ…」
焦りを含んだ俺の声は、人気のない屋敷にやけに響いた。

(…雷蔵、置いてきた…はぐれた…)


気が付けばさっきまで一緒だった友の姿もなく。追ってきたはずの狸もいなかった。
右手を見ると、俺のではないバッグが。
…雷蔵の荷物まで持ってきてしまったらしい。

「あーっ、ほんっと俺の馬鹿…雷蔵ーっ…らーいぞーっ」

自分の行動を恨みながらも雷蔵を探す。
木造屋敷には、雨音がやけに大きく響き、さらに、歩く度に壊れそうな床からギシギシと軋む音がした。


立て付けの悪い戸をガタガタと、ほぼ壊す勢いで開ける。開けた瞬間、木の湿った香りがむわっと鼻をくすぐった。部屋の中は真っ暗で、何も見えない。部屋の中に声をかけて見る。
「らーいぞー…?」

すると、部屋の中からガタッと音がした。
「!いるのか?」
思わず部屋へ入り、暗闇の中で必死に目を凝らし、何かに当たりやしないかと手を周りに伸ばしながら進んで行った。けれど、しばらく探してみても雷蔵は見つからない。
部屋に入る前に聞こえた物音はもう鳴らず、自分の動く音だけがしていた。
そして、もう一度、雷蔵ー…と、声を出そうとした時だった。

「はっ、ちゃん…?」

誰かの声が聞こえた。ぴた、と動いていた手足が止まる。
雷蔵の声ではない。毎日のようにいるから聞き間違えるはずもない。初めて聞くはずの声。

でも何故だろう。

懐かしく、切なく、そしてその声を聞けて嬉しいと思うのは。

「はっちゃん…?」
「へ…」

誰だ。今俺のことをそんな呼び名で呼ぶ人はいないはずなんだ。はっちゃん、なんて小学校の低学年までで。最近は八って呼ばれて。はっちゃんなんて呼ぶ人はいないはずなのに、なんで。なんでこんなに俺は嬉しいんだろう。
理屈がどうとかではなく、本能…心が勝手に騒いでいる感覚。

しばらくその不思議な感覚にとらわれていると、突然部屋に灯りが灯った。電気ではなくて、炎の灯りだ。それに疑問を持つ前に、俺は目の前に現れた人物を見て驚いた。

うねりながら黒く流れる髪。物憂げな瞳。現代ではみることのない、和風の衣装。そして、黒い…猫の耳。

炎の赤い光に照らされて、落ちる前の太陽のような色が映える。

「俺をはっちゃんて呼んだのは…」
「うん、俺だよ。君は…竹谷、八左ヱ門…で合ってるのかな」
「あ、うん、合ってる…けど」

いやまて俺。なんで普通に会話してるんだ。どこからどう考えてもおかしいだろ。なんで急に炎が灯ったんだとかなんで猫耳かとか、なんで俺の名前分かるのとか。…ああそうか、もしかして、
「お前は…妖怪…だったりして!」

言ったあとに、冗談にしてもこれは辛いと自分で思った。俺って本当馬鹿だなって。恥ずかしいなぁって。


でも目の前の彼は、
「うん、正解」
と笑ったのだった。少しだけ、悲しそうな顔だった。

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