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「…ぞう、雷蔵!」
三郎に揺らされて身体を起こす。すぐ隣に三郎がいた。
「さ、さぶろ…大丈夫だった?」
「雷蔵こそ」
「僕は少しの掠り傷だけ」
「よかった、俺もだよ」

お互いの
ところで雷蔵…ここ、どこだか分かる?」
「へ?斜面を滑り落ちたんだから歩いていたところの下じゃないの?」
「…斜面がないんだ」
無事だったとほっとしたのもつかの間、三郎変な発言にえ?と思わず聞き返し、きょろきょろとあたりを見渡した。
滑り落ちてきたのに、斜面がないなんてそんな馬鹿な。
三郎の冗談かと思ったけれど…言葉通り斜面はなかった。代わりにあるのは高い木、大きな茂みだけ。

「…ええ…?」
斜面から滑り落ちただけじゃなかったのか。何かの弾みで転がりでもしたのか。でもそんな感覚はしなかった。じゃあ、ここは。
「雷蔵…取り合えず、立てる?」
「…あ、うん」
三郎に手を引かれて立ち上がる。もう一度周りを見るけれどやっぱり斜面は見当たらなかった。
「ど、どこなんだろ…」
「分からない…とにかく、俺たちが落ちてきたところを探そう…そこを登れば元の道に戻れるし」
「うん」
おかしなことになってしまった。午前中に家を出たので時刻は昼くらいだと思うのだけれど。このまま迷って、帰ることができなくなってしまったら。
「うーん…もし迷ったらどうし…「誰だ?」
どうしようか、そう言おうとしたとき。見知らぬ男の太い声がした。三郎と同時に声がした方向を見る。
そこにいたのは、まるで時代劇にでも出てきそうな刀を持った大男と、背後に嫌な笑いを浮かべて立つ3人の男。服は小汚く、目はギラギラとしていて、一般人とは思えない。いや、一般人どころか…
「…山賊…!?」
三郎が驚きの声をあげる。
そう、あれは山賊だ。何回も夢で見た山賊。里を荒らしたり、人を傷つけたりする人たち。

でも、なんでここに?
平成の世に山賊なんて聞いたことがないのに。

「おい、お前ら珍しい着てるじゃねぇか」
「売れそうだな?渡してもらえないかねぇ」

珍しい服?僕の服も三郎の服も、珍しいなどと言われるようなものではない。どこの店にでも売っているような普通の服だ。

「あの、服は別にそんなに」
「うるせえな、おいお前ら、奪い取れ」

親玉と思しき男の合図に、山賊が一斉にこっちへ向かって来る。石や刃物を持っていて、素手では到底太刀打ちできない。
「さ、三郎!!」
「何が何だか分からないが、逃げるぞ!」
「うん…!」

二人で走り出した。普段歩きなれない山道を必死に走る。学校の授業で持久走が必修科目だったのに感謝したのは始めてだった。持久走がなければこんなに長くは走ることができなかったかもしれない。とにかく走って走って逃げて…そうしていると、いきなり体がビン!と何かに引っ張られた。
「わ!?」
「どうした、雷蔵!」
「服が、木に引っかかって…」
後ろを見ると服の裾が、伸びた木の枝に引っかかっていた。ぐっ、と引っ張っても取れない。そうこうしているうちに山賊が近づいて来る。
枝は随分と太く、道具を使わず折るには厳しい。
「三郎、先に行って!」
「冗談じゃない、一緒に逃げるんだ」
そう言って三郎がなんとか服を木から取ろうと手を貸してくれる。
「っ…」
こういう時三郎は何か言っても聞いてくれないのを僕は重々知っていた。僕一人が危険な目に合うのを承知で置いてはいかない。見捨てない。昔からそうだった。
だから、早く服が木から取れるのを願うしかなかった。
(とれろとれろとれろ…!)
力一杯引っ張るが、取れてくれない。山賊がすぐそこまで来る。

「散々逃げ回りやがって!」
男が恐ろしい形相で刀を振り上げるのが見えた。
せめて三郎だけでも逃げて欲しい。
僕のことは本当にいいから。
そう思った時。

ふっ、と目の前に黒が現れた。鴉のような黒で、夜の闇のような黒。それが素早く山賊と僕達の間に入り込む。
それはとても静かだった。降ろされた刀を何かで受け止め跳ね返す。その何かは、夢でよくみた苦無だった。きいん!という金属特有の音が鳴り響く。そしてそのまま黒装束が追い討ちをかけ、鋭い蹴りが親玉の腹に入り、鈍い音がした後ぐらりとその体が揺れて倒れた。それを見た山賊の残党が叫び声をあげながら逃げて行く。

…僕は、あの黒を知っている。
いや、僕はというより、僕達はと言ったほうが正しいのかもしれない。



でも信じられない。僕も三郎も声がでなかった。
なんで。なんで?
あの黒い忍装束。そこから覗くのは、ふさふさとした鳶色の髪。あの髪は長さこそ違えど、僕の、三郎の髪とよく似ている。

「…む、室町の…僕!?」

男を倒したのは、室町時代の不破雷蔵だった。


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