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パチパチと燃える残り火が、青い空へ黒い煙を吐き出していた。草木が生えず、どこまでも広がっていて見通しのいい荒れ地には、地に伏せ、力なく横たわる人の姿以外見当たらない。

流れ出る赤い血、壊れた槍、兜、鎧、破かれた旗。圧倒的なまでの、死。

動く者はいない。

それは、人によって数多の命が消えた跡。

一つの大きな戦が終わった跡であった。





ピロリンと、電子音が鳴り響く。体を起こさないまま手探りで音の元凶の携帯を探し出し、ピ、とその騒がしい音を切った。ゆっくり瞼を開くと眩しいほどの日光が目に入り、思わず再び目を閉じる。何も見えない中、ちゅんちゅん、と健やかな鳥の声が聞こえた。開け放ったまま夜から変わらない窓、そこから入る風に揺らさらるカーテン。外で、葉の揺れる音。
「……」
僕はのそり、と身体を起こしてボサボサの髪を撫でながら、
「…また前世の夢か…」

誰に言うでもなくつぶやいた。



一度体を起こすと、頭がはっきりし始めた。ベッドに眠る自分の周りには、たくさんのCDやらペンやらが散乱している。ああ片付けないとなぁ、なんて思いながら枕元に置いていた携帯の
画面を開く。朝の8時。夢のせいなのか、朝に弱い僕にしては起きるのが早いほうだった。メールが届いているのに気付いて確認する。


差出人:三郎
本文:雷蔵、起きてる?お使い頼まれたんだけど一緒行かない?

届いた時間を見ると、つい先ほどのメールだ。
自分の目を覚ましたのはこのメール着信音だった。たまには、こんな時間におきるのもいいかもしれない。いつもは早くても朝10時、遅いときには昼を過ぎていることさえある。それも考えると、たまには早起きも必要かな、なんて思った。自分を起こした張本人へ返事を打つ。

宛先:三郎
本文:今起きた。暇だし行く

送信ボタンを押し、"送信しました"の文字を確認。
その瞬間下から、
「雷蔵ー?三郎くん来てるわよ?」
と母さんの声がした。
その言葉に完全に目が覚め、バタバタと自室の窓を開けて下を覗き込む。

「やられた…」

はあ、と頭を抱える。下では僕と双子のように似てる彼…鉢屋三郎が手を振って笑っていた。



「ねえ三郎、僕がメールで起きて、三郎が頼まれたお使いとやらに着いて行くって全部分かりきってたんだろ」
三郎の隣を歩きながら僕は恨めしげに呟いた。最高気温30C°を上回ると予報されていた今日、昨日降って雨が嘘のように晴れていて、青空には太陽がその存在を示さんとばかりに日を降り注いでくる。暑い夏だ。

「まぁ、俺と雷蔵の仲だし」
「またそういうこと言う…」

鉢屋三郎は、僕の同級生だ。しかし、実はその一言では到底言い表すことのできない縁があるのだった。まず、顔が僕と同じ。似ていると言うレベルではない。ほぼ同じだ。クラスメイトはおろか、実の親さえも最初は戸惑った。ただ彼の方が性格上、少し目がきついかもしれない。でもぱっとみただけではなかなか見分けのつかない顔をしている。

そして次が大事であり、三郎と僕の顔が同じということの原因であるのだが……僕と三郎は、前世からの仲だ。その前世とやらは、この平成から室町時代まで遡る。僕と三郎はとある学校の同級生だった。学校とは言っても、勿論、普通に勉学を学ぶ所ではない。忍術を教え、忍者を育成する、すなわち忍術学園だ。

その忍術学園で変装の名人と歌われていた三郎は、好きだから、という理由で僕の顔を借りて、その顔で毎日暮らしていた。それ故に僕と三郎はいつも一緒にいて、級友や先輩をからかったり、それで怒られたりと、ある意味平和な時間を過ごした。けれど、忍としての覚悟とやらも必要で、人を殺したり傷つけたりして。それでも、なんだかんだいって三郎の隣がとても楽しかったのだろう、一緒にいて幸せだったのだろう。室町の僕と三郎は恋仲となり、その学園を卒業してからも共にあった。

そこからは何があったのかは分からないが、やはり人には永遠なんてものはなく、二人とも死んでしまったようだった。最初にこの平成の世に生まれたときは前世のことなんか何も覚えていなかった。しかし、夢によって徐々に思い出すこととなり、夜に目を閉じて意識が沈むと、時々を越えた風景を見ることがあった。髪の長い僕がいて、その僕に良く似ている男がいる。見たことのない場所で、見たこともない武器を使う。。前世の夢と気がつくのも遅くはなかった。そして夢を見る中で僕と"三郎"が恋仲だったと知った僕は、中学1年生の春、入学式で、同じように転生した"三郎"と出会った。

こうしてなんとも不思議で幸運なことに、平成の世に生まれ変わった今も一緒で、更に恋仲でもある。

聞くところ三郎にも室町の記憶はあるらしい。僕と同じように夢で前世を知ったとか。
ちなみに他に三人ほど、同じように室町からの仲である友人がいるが、その人達に前世の記憶はない。

僕と三郎も、前世の全てを知っているわけではない。夢で僕は僕の前世を第三者の目線で見るし、場面が断片的だ。ある日の夢では学園の一年生であったのに、翌日の夢は五年生であった。更に、前世の僕がその時その瞬間何を思っているかも分からない。あくまで前世の光景を見るだけ。それは三郎も同じらしく、でも僕達はそれでもいいと思っている。

今は穏やかな平成だ。室町時代のことを覚えていようがいまいがこれからを過ごして行く上には関係ない。
そうやって僕らは、過去を割りきっている。
僕は今隣にいる三郎が好きだ。三郎も、前世なんて関係なく、隣にいてくれる。

室町の僕らなんて、知ったことではなかった。

「らいぞー?」
隣から聞こえた三郎の声に思案の海から現実に帰る。
「あ、ごめん、考え事してた」
急いで謝ると、三郎はそれで納得したのか、そっか、と軽く相槌をうった。
「ところで三郎、お使いって?」
現実に戻ったついでに、さっきからずっと気になっていたことを尋ねる。僕が考え込んでいる間に、電車に乗って、何度か乗り換えをした。気がつくと随分と田舎に来ていて山の方へ向かっている気がする。先程電車から降りて、今は田んぼに囲まれた道を歩いていた。
「あぁ、母さんの親戚に荷物を届けに行けってさ。何でも山の中に住んでてなかなか交通の便が悪いらしい」
「へ…へぇ…」
「母さんも仕事が忙しいとか言って押し付けてきたけど本当は面倒で…っと、あぁ雷蔵、ここの山だよ着いた」

そう言われて見上げた山は、山というより、
「…もり?」
「森、だな。この奥に親戚の家はあるらしい」
はぁ、と溜息を一つ漏らすと、行こう雷蔵、と三郎が先陣をきって森へと入って行った。

草木の生い茂る森だった。
かろうじて道と分かる道を、ガサガサと進んで行く。一応は山と言われるだけあって斜面があった。下手をすると木の幹にでもつまづいて足を挫きそうだ。力を入れて登って行く。
「本当に変なところに住む親戚さんだね…」
「迷惑きわまりないな」
「まあまあ…」
そこまで話してふと、自分の周囲に静かに佇む木をみて、室町時代に森で任務をこなしていたこと、そして同時に、今朝の夢を見たことを思い出した。

実を言うと、前世の夢はここ一ヶ月ほど見ていなかったのだ。それを今日急にみたものだから、三郎に何か聞いてみようと思って、そこまで考えた上でお使いについてきたのだ。普段は頻繁に夢を見ていたから一々報告なんてしなかったが、今回は1ヶ月の空白があって少し違和感を感じていた。聞こう聞こうと思いながら、いつ聞こうか迷う間にその事自体をすっかり忘れていた。
「ねぇ三郎」
「ん?」
「僕、今日久々に…うわっ!?」
前世の夢を見たんだ、そう言おうとした、その瞬間だった。
ズッ、という変な音と共に足場が崩れる。ガクン、と体が斜めになり、同時に視界も傾く。
(え!?)
慌てて足元を見る。
(あ…!)

ー…昨日の雨が嘘のような空…

(雨で地面が…!)
滑りやすくなっていた、そう気付いたときにはもう遅い。大分登ってきた斜面。十分な高さがある。そこで滑る足。
「、雷蔵!!」
握られる手。三郎まで落ちる…そう思ったときにはもう遅く、手によって繋がれた僕たちは二人で斜面を滑り落ちていた。
ズザザザザと耳元ですごい音が鳴り響く。土にこすりつけられる身体が痛い。
服越しに摩擦を感じながらも、僕と三郎は絶対に手を離そうとはしなかった。

しばらくすると、滑り落ちる音がやんだ。


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