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「今よりずっと昔…もう何百年も昔の話だ」
そういって話し始めた三郎は、どこか遠くを見る目をしていた。
ずっとずっと昔のこと。
三郎も兵助も勘ちゃんも妖怪としては幼い頃。
それは、三郎が妖狐となって始めて人里に降りた日。
その時代、人は妖怪を恐れていた。
変化の術を持つと言われる狐は、ある所ではお稲荷様だと崇められ、ある所では人を脅かし喰らうという恐ろしい妖怪だと恐れられていたらしい。
もっとも、変化できるのは狐に限らず、大抵の妖怪は変化できるらしい。
ただ単に狐が多く人を脅かしていたから後の日本には狐が特別に伝えられたとか。
幼い三郎は人が自分達を恐れていることを森の大人の妖怪からの伝えで知っていたにも関わらず、当時から仲の良かった勘ちゃん、兵助との三人で里へと降りた。
兵助も勘ちゃんも乗り気で、今の三人が言うには"若気の至り"だ。
三人は当然人間へと姿を変えて里へいった。ちなみに昔の三郎は、人型に変化すると、まっすぐな黒髪の人となったとか。
最初のほうは本当に楽しんでいたらしい。自分達とは違う生活をする人間を面白いとさえ感じていた。
人の笑う声、見たこともない建物。
あの野菜はどうだとか、あそこの人間はああだとかとか話したり、知らないものに感動したりしながら歩いていたとき。
ドン、と、一人の女の子が、勘ちゃんにぶつかった。
「わっ、痛ててて…」
手を後ろにつき、尻もちを一つ。
すると。
「だ、大丈夫ですか!」
とぶつかった女の子に手を差し伸べられ、勘ちゃんが、ありがとうとその手を握ろうとしたときだった。
「きゃぁあ!」
ぱっとその伸ばした手が振り払われた。その子は突然悲鳴をあげ、勘ちゃんを指差して一言。
「狸の妖怪っ…!!」
傍から見ていた三郎と兵助が、え、と勘ちゃんへ視線を移す。
見ると、まだ妖怪として未熟だったせいか、転んだ弾みに少しだけ術が解け、茶色の尻尾が生えていた。
ばれた。まずい。
「勘右衛門っ!!」
三郎が勘ちゃんの手を引き、兵助に声をかけ、三人で走り出す。
何とかして逃げないと殺される。
女の子の悲鳴に里人が集まり、勘ちゃん達を見つけると、
「妖怪だ!」
「狸が変化しているんだ…この里が襲われる!」
といって武器を持った。
刀を持って追い回してくる者、大きな石を投げつける者…それまで暖かく笑っていた彼らと同じ人だとは思えないほどの豹変ぶりであった。
そういった人々から三郎たちは命からがら逃げる。
殺しはしたくなかった。
妖怪だと知られていなかったあの時まで、人の営みを好きだとすら感じていたから。
三人とも、里人を殺すことは考えなかった。しかし。
「はぁ、はぁ…」
誰のものとも知れぬ息切れ。石をぶつけられ切れた頭、刀により裂かれた皮膚。
何とか逃げ仰せ、人もいない場所で落ち着く。
「どうやって帰るかが問題だな…」
三郎が言った。
傷も痛むし、疲れもたまり体が限界だ。
下手に動くと見つかってまた危険な目にあう。元の姿に戻ることも考えたが、さっき騒動があったばかりだ、里で狐や狸が歩いていると怪しまれるかもしれない。
三郎が自分の頭へ手をやると、ふさふさした耳に当たった。
疲労から術も解けかけている。
それは勘右衛門も兵助も同じらしい。
このままでは森へ戻る前に…
三郎の頭に最悪の結末が浮かんだ、そのときだった。
「誰かいるのか?」
「どうしたの…?」
ふたりの子供が声をかけてきたのは。
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