08





「狐の耳…?」

雷蔵に頭を指差されて、ん?と首を傾げた。頭に何か…ついているのだろうか。そう考えたとき、そういえば雷蔵は記憶が無くて、私が狐ということは覚えていないのを今になってまた思い出した。更に、会ってからずっと暗闇の中にいたから耳は見えていなかったかもしれない。

「あー…えっと…これは、その」

この耳のせいで雷蔵に怖がられたらどうしよう。近付くな、とか言われて…嫌われたら…辛い。

そう考え始めドキドキしていたがそんな気持ちは

「す、すごい!」

という雷蔵の一言で打ち消された。

「へ?」
と己の口から出る変な声。
「すごいよ三郎!キツネだなんて…本当に妖怪っていたんだね…!」
そう言って、雷蔵は逃げるどころか迫ってくる。そして私の耳を触り始めた。わぁわぁと声をあげて。

「わ、ふわふわだ!」
「ちょ、らいぞ、くすぐったい…っ」
「気持ちいいなぁ…」
「雷蔵さん、あの、聞いてます!?」

耳を触られるのは、どうも慣れない。普段他人から触れられることのない耳に触れられると、体に変な感覚が走って逃げずにはいられない。まぁ、雷蔵だから強くは抵抗できないのだけれど。

…そういえば昔も、こうだった気がすると、ふと思い出した。

昔の雷蔵が生きていた時代、人々は今よりももっと妖怪を恐れていた。何か悪いことがあるとその度に狐の祟りだお怒りだと怖がっていた。

そのくせ雷蔵は、狐の姿で罠にかかった私を助け、正体を明かしてもなお、
「三郎!」
と私の名前を笑顔で呼んでくれた。

「変わって、ないなぁ…」
小さく呟いた私の声に、雷蔵はん?と反応し、そして、三郎、泣いてる?
と声をかけてくれた。

「いや、大丈夫だ…少し、いいことを思い出しただけだから」

そういって、気を抜けば零れてしまいそうな嬉し涙を奥に引っ込める。

変わってなかった。それだけがただ嬉しかった。生きる時代が違っていても雷蔵は雷蔵だった。あの心地よさそうな髪は短くなってしまったけれど、でも、何よりも好きな暖かな笑みは何一つ変化無い。

それだけで、十分だ。


「そういえば三郎、八…えっと、ボサボサの髪の…」
「竹谷八左ヱ門か?」

今になって思い出したように雷蔵が慌て始めた。今の今まで八は忘れられていたのか…と少し不憫に思うが、まぁ八なら仕方が無いかと思ったりする。
昔からあの友人はいじられ役だったから。

「…三郎、八も知ってるってことはやっぱり、僕たちどこかで会ってるよね」
雷蔵がこっちを見つめてくる。

いつもはたくさん迷うのに、昔からこういうときだけ雷蔵は迷わない。自分が知りたい、知ろうと思ったら、強い目になってこっちを見てくる。

この目には勝てたことがなかった。

「雷蔵、なんでそんなに知りたいの?」
「君だけ知っていて僕が知らないのは何か悔しい」

スパッと返された。やはり勝てなさそうだ。私は小さくため息を吐く。

「じゃあ雷蔵…まずは八のところへ行こうか」
「え?なんで?…というより八の居場所わかるの?」

「そりゃあここは私たちの屋敷だからね。雷蔵に見えていない妖共が、色々と教えてくれる」
「そっか…え、じゃあ八も一緒に話を聞くっていうのは?」
「この話は、私と雷蔵だけの話じゃないから」

雷蔵がきょとん、とした。

「え、三人の話?」

まさか八が関わってくるとは思わなかった、そんな顔をしている。

「いや…あぁ、色々話しているとややこしくなるから取り敢えず行こう。ほら、雷蔵こっちだよ」

そういって、雷蔵の手を引く。
私も雷蔵も無言で廊下を歩いた。

正直言うと、雷蔵には昔のことを話したくなかった。楽しい思い出は、思いだして欲しい。二人で森を駆けずり回ったこと。広大な野原の上に寝転がったこと。いっぱいいっぱい笑ったこと。楽しいことを思いだして欲しくないはずがない。けど。

(思い出さなくていい記憶だってある)

全部が全部美しいものではない。
ましてや、雷蔵自身の最期など。

前世で知り合いだったと話したそのはずみに、嫌なことまで思い出しはしないか。
それが気がかりだった。
けれど、今の雷蔵にはやはり逆らえないから…腹を括るしかない。

隣に雷蔵がいるのに、憂鬱な気持ちで兵助達のいる部屋の戸を開けた。

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