風を陽だまりを優しさを(双忍)
真っ暗な空間。これは夢。
自分の手から赤い血が滴り落ちるのがわかった。その血は、自分のものではないけれど。
忍務のためつけているお面。
きっと、誰もその面の下の気持ちを知らない。
隠された顔は、誰にも見ることができないのだから。
「……はぁ」
三郎は一人で息を吐いた。周りには4,5人、黒い装束の忍が血を流して横たわっている。
忍者となる者にとって避けては通れない道と知っているけれど、それでも、殺すことが気持ちのいいものであるはずがない。
自分の手を見つめる。何回も赤く染まり、何回もそれを洗い流した己の手。でもなぜだろう。確かに洗い落とせているはずなのに、赤く見える。
汚れている。染まっている。水で洗うなんて方法じゃ落ちないほどに、こびり付いている。
「こんな手じゃ…」
同室の彼を思い出す。共に在りたいと願い、その願いを受け入れてくれた彼。
「…こんなに汚れた手では触れないなぁ」
自分にとって太陽の彼を、この手で汚したくはない。そう思ってまた息を吐いたとき。
「三郎!」
三郎のものではない声が響いた。驚きで顔をあげると、
「ら、雷蔵?」
その彼がいた。なんで。どうして。ここには私が忍務で来ていて君がいるはずがないのに。
問おうとした。しかしその前に雷蔵がずんずんと近付いてきた。そして、唐突に三郎の面に手を伸ばす。
「ら、雷蔵!?ちょっとまっ…!」
言葉を言い終わる前に面を剥がされた。そして同時に、さっきまで真っ黒だった世界に、光が点り始める。
「三郎、お面…付けっぱなしだったら暑くないかい?」
明るい世界で、目の前の雷蔵は言う。
「君は僕の変装をしていて、顔がばれないようにこの狐の面を被っている。でも君は本当の顔の上にさらに僕の顔を重ねてる。そこにまた面をつけたままだと風が当たらないじゃないか。陽があたらないじゃないか」
そう言って雷蔵は笑った。
その眩しさに目を閉じると、自分の顔に太陽の光が当たっているのを感じた。風が頬をなでるのを感じた。すっと頬に伸びてきた雷蔵の手の暖かさを感じた。
「覚えていてね三郎!君は、どこにいたって、その面を外すだけで暖かい陽にあたる。心地よい風に吹かれる。忘れないでね」
そういって、目の前の雷蔵が薄れていく。ああ、そういえばこれは夢で、本当の私は部屋にいるはずで。
そう考えていると、静かに静かに三郎の意識も、溶けていった。
「…」
目を覚ました。朝だ。見慣れた天井が広がっていた。
ここは、忍術学園の自室。雷蔵との部屋。
隣を見ると雷蔵が気持ち良さそうに寝ていて、知らず知らずのうちに顔に笑みが浮んだ。
「雷蔵…君は夢の中でさえ、太陽だったよ。光を連れてきてくれたよ」
目を覚まさないように、そっと頬をなでる。指先には雷蔵の暖かさが残った。
君は私の太陽。
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