◎形代
山の中を、あたしは走る。
何度か、鋭い枝や葉で体をきったが、そんな事も気にならなかった。
「りゃあああ!!!」
「うわあ!?」
茂みからまるで熊のように飛び出ると、誰かの驚愕の声が響いた。
「だ、誰!?」
私をまるで本当の熊のように恐怖の目で見つける美少年。
その手には、筆と画板が握られている。
「私の名前はサナエ!
大地の女神・デメテルの付き添い人だよ!」
「だ、大地の女神?」
「そ!よろしくね!」
普段通りに笑ってみせると、
少し恐怖がやわらいだのか相手の少年も綺麗な顔を綻んだ。
「僕はアローン。
よろしくお願いします。」
「いきなり変な登場の仕方でごめんね。
ちょっと急用でさ。」
「こんな森の中に、何しに来たんですか?」
「なにしに来たと思う?」
そう聞くと、アローンくんは困ったような顔で考え始めた。
「分かりません…。
もしかして道に迷ったとかですか?」
「そんなアホそうに見える?
まあ、アホなことは否定しないけどさあ…。」
実際アホだし、馬鹿だし。
救いようないし。
「私は、君を探しに来たんだ。」
「僕を…?」
探される理由が分からないのか、きょとんとするアローンくん。
可愛いなァ・・・だけど今はそんなこと言ってる暇ないね。
「正確に言えば、君の中の神様、かなぁ?」
「え?」
澄んだ青色の目を、あたしは見据えた。
「ハーデス。
私たちはあんたに話しに来た。
さっさとアローンくんの中から出てきなさい!」
指をさしながら、私はそう叫んだ。
『…フッ
デメテルは、随分騒がしい娘の中に入ったようだな。』
「余計なお世話だ。
こんな可愛い男の子の中に入ってるなんて卑怯すぎるでしょうが。
入るならもっとどうでもいい奴の中に入りやがれ。」
そうあたしと会話を交わすアローンくんの顔には、
先ほどとは違うふてぶてしく真っ黒な笑顔が張り付いていた。
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