形代





山の中を、あたしは走る。
何度か、鋭い枝や葉で体をきったが、そんな事も気にならなかった。




「りゃあああ!!!」
「うわあ!?」



茂みからまるで熊のように飛び出ると、誰かの驚愕の声が響いた。




「だ、誰!?」


私をまるで本当の熊のように恐怖の目で見つける美少年。
その手には、筆と画板が握られている。



「私の名前はサナエ!
 大地の女神・デメテルの付き添い人だよ!」
「だ、大地の女神?」
「そ!よろしくね!」



普段通りに笑ってみせると、
少し恐怖がやわらいだのか相手の少年も綺麗な顔を綻んだ。


「僕はアローン。
 よろしくお願いします。」

「いきなり変な登場の仕方でごめんね。
 ちょっと急用でさ。」

「こんな森の中に、何しに来たんですか?」

「なにしに来たと思う?」



そう聞くと、アローンくんは困ったような顔で考え始めた。




「分かりません…。
 もしかして道に迷ったとかですか?」

「そんなアホそうに見える?
 まあ、アホなことは否定しないけどさあ…。」


実際アホだし、馬鹿だし。
救いようないし。



「私は、君を探しに来たんだ。」

「僕を…?」




探される理由が分からないのか、きょとんとするアローンくん。
可愛いなァ・・・だけど今はそんなこと言ってる暇ないね。




「正確に言えば、君の中の神様、かなぁ?」

「え?」



澄んだ青色の目を、あたしは見据えた。




「ハーデス。
 私たちはあんたに話しに来た。
 さっさとアローンくんの中から出てきなさい!」




指をさしながら、私はそう叫んだ。




『…フッ
 デメテルは、随分騒がしい娘の中に入ったようだな。』




「余計なお世話だ。
 こんな可愛い男の子の中に入ってるなんて卑怯すぎるでしょうが。
 入るならもっとどうでもいい奴の中に入りやがれ。」



そうあたしと会話を交わすアローンくんの顔には、
先ほどとは違うふてぶてしく真っ黒な笑顔が張り付いていた。











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