泡沫の夢


ポツン、と意識が揺れる。
ゆらゆら揺れる世界で目が覚める。

ゆっくりと周りを見回すと、そこには地はなく底が見えない湖の水面がただ広がっていた。
何故水の上に立てるのか不思議に思ったがーこれは夢なのだろうと察しをつける。
夢ならば早く覚めなければ行けないと思うのだが、やけにリアルな夢は全く覚める気配は無かった。

困ってしまったあたしは、ただ闇と星の光しか見えない空を見あげる。
月の光はない静寂の夜。
そんな暗く、寂しい世界であたしは1人で立っていた。



「…ここは、どこ?
 なんで、なんであたしはここにいるんだろう?」



わからない。
ここはどこで、あたしは何をしているのか。
何をしなければならないのか。
ただ墨のように暗い空を見あげて、まとまらない頭で考える。



『貴様には、貴様の役目があるからだ』
「…誰だ!?」


水面が揺れて、誰の姿が目の前に現れる。
その人物はギリシャ式の黒いドレスを翻し、艶やかな黒い髪が足元につくくらいに伸ばしている。
ドレスの裾から覗く白い素足は艶かしいが、不思議なことにドレスの奥行には宇宙が存在し、無数の星々が輝いていた。

なにより目を引いたのは、黄金比率で出来た完ぺきな体つきでも華美な衣服でもなく、顔だった。
本来人の顔についているはずの部位はひとつもなく、ただ飲まれそうなほど深い闇と煌く星だけが存在した。


『娘御よ。
 貴様は役目を果たさねばならん』

「…誰だ、アンタ。
 いや、それよりも、あたしの役目・・・?
あんた、一体何を知っている!?」

『いずれ時が来ればわかる。
 貴様がしなければならないこと、貴様がもつ役目、そして、貴様の旅の終わり・・・すべて分かること』


その言葉にゾワりと鳥肌が立つ。
だって、この女はあたしが何のために200年後の世界にやってきたのか、その理由を知っていたから。
一番知りたかった答えを持っているということに焦りと同時に、不安感が湧き出た。


「そんな言葉、今聞いたって気になるだけだ!
 それよりもあたしの質問に答えろ!お前は何者だ!
 あたしに何をさせようとしている!」


目はないはずなのに、何故かジッと闇が私を見つめているような錯覚を覚える。
無感動に見つめる女は吠えるあたしのことなど何一つ気にしていないように視線を外すと、空を見あげた。
薄墨色をしていた空は薄っすらと明るくなり、東の空は赤く染くなろうとしており、
夜の色と混じった紫色になっていた。


『あぁ、もう行かなくては。
 帳が開かれる』

「ちょ、待て!」

『行かなくては…』


水面が揺れる。
それと同時に自分の足場すらも危うくなり、ぐらぐらと揺れ、体が湖の中に引っ張られる。
もがきながら闇に融けようとする女に手を伸ばすが、届かなかった。


「お前はあたしがここにいる理由を知っているのか!?
 あたしは、何のためにこの時代に!この世界にやってきたんだ!?」



声の限りそう叫んだが、その答えが返ってくることはなかった。


『あぁ、夜明けが来た』


鈴が鳴るような声とともに、あたり一面が明るく照らされる。
その光にはじき出されるように、投げ出されたかのような浮遊感に襲われる。



「まて!まだ話は…!」


必死に伸ばした手は何も触れず、あたしの体は真っ逆さまに落ちていった。









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