05 学校に来た彼女

 ミョウジから退院すると連絡が来たのは、オレのブレザーを涙でよれよれにしてから五日後。結局、あれから部活に復帰もして病院には顔を出す時間もなくなったからミョウジには会っていない。今日から学校に行くというメールに気づいたのは学校に着いてからだったから、返事をする暇がなかった。
 ミョウジが教室に姿を見せたのは、一限目の直前。少し照れた顔で頭を下げた松葉杖姿のミョウジにクラスがざわついたが、すぐに授業が始まる。まぁ、いつでも声ぐらいかけられるかと思ったが、放課の度に一番後ろのミョウジの席に人が集まるので全く近寄る事も出来なかった。

「心配してたんだよ!大丈夫?」
「いつでも頼っていいからね?痛くない?」

 聞こえてくる声はほとんどがミョウジを心配するもので、これが人徳ってやつかと感心する。昼過ぎには他のクラスのやつもチラホラと姿を見せ始めて、陸上部のやつらも顔を見せていた。中にはあからさまにインターハイの事や走れない事を言うやつもいたが、ミョウジは少し困った顔をしても笑顔を浮かべていたから、バカだなぁと思う。変に笑ったりするから、周りが勘違いをする。大丈夫だ、なんて思わせて苦労するのは自分だろうに。というよりも話し声に聞き耳たてているオレの方がバカだ。

「荒北、機嫌が悪いな。イライラしながら食べると消化に悪いぞ」

 学食に昼飯を食いに行けば、自然と東堂や新開が同じテーブルに着く。誘い合わせたわけでも、待ち合わせたわけでもないが学食で鉢合わせれば自然と同じテーブルに座るのが恒例だった。

「やっこさん、すごい囲まれてるなぁ。アレじゃ、飯どころじゃないだろ」

 ズルズルとラーメンを啜りながら、隣の新開を見る。視線の先にはミョウジとクラスの女子がメシを食っていたが、いつの間にか二年の女子に囲まれていた。

「ミョウジさん、怪我をして休んでいたんだな。松葉杖は不便だろうに」
「やっと出てこれたのか。ずっと休んでるって言ってたから心配だったんだ」

 去年は同じクラスだった東堂がミョウジを見て、言葉少なく眉を顰める。気の毒だな、と呟いた声は静かだった。新開も溜息をつきながら、ミョウジを見ている。オレの視線に気がついた新開は困ったように笑った。

「荒北はさ、ミョウジのこと嫌いなのか?」
「ハァ?」
「いや、すごいおっかない顔で見てるから」
「ミョウジさんは良い人だぞ。嫌うには理由がないだろう」
「別に嫌いじゃねーヨ」

 きゃあきゃあと喧しい声に囲まれながら、笑っているミョウジは完全に箸をおろしていて。一団が去った後にミョウジが食べ始めたのがラーメンだった事に気がつくと無性に腹がたってくる。伸びて不味いんじゃねーの、そのラーメン。

「なぁ、去年の文化祭からだよナァ?アイツが二年の女子に人気あんのって」
「もともとかっこいいと言われていたけどな。去年の男装が本当にイケメンだったから、そこから余計にだろう。女子は全員メイドのはずだったんだが、ミョウジさんは執事が似合いそうって言った女子がいて、試しに着せたら似合いすぎてたからな。まぁ、オレの方が似合っていた」
「背も高い方だし、すらっとして中性的なイメージだから中学の時から年下の女子にモテてたよ」

 新開がさらりと中学の頃の話題をだして、初めてミョウジと新開が同じ中学出身だと知った。ってことは、福チャンもか。
 病院で見た変なTシャツ来て、幸せそうにケーキ食ってた姿がイケメンだったか……?と思いながら、ミョウジを見る。オレの背中でボロ泣きした日の夜、メロンパンと煮魚一緒に食いましたメールを思い出せば、バカだと思った。一人で泣くのもヘタクソで、不器用な泣き顔は脳裏に焼き付いていたから涼しい顔で笑う姿に苛立つ。不意に視線が合ったがすぐに避けられた事が腹立たしかった。

「靖友、あんまり睨むなよ」
「睨んでねェ」
「いや、すごい顔になってるぞ。ミョウジさん、さっき荒北と目があった瞬間に顔が怯えていた」

 怯えられるほど目も合ってねェよ、と思いながら煩い二人を置いて席を立つ。ベラベラと喋る割に二人共食い終わっていて、結局そろって行動する事になる。ミョウジの後ろを通り過ぎようとした所で新開が立ち止まった。

「ナマエ、学校に来て大丈夫か?」
「うん。隼人君、心配かけてごめんね」

 気やすい名前呼びが聞こえて思わず立ち止まって振り返る。驚いたのはオレと東堂だけじゃなかったらしく、周りのテーブルからも注目を浴びていた。東堂が目立つのもあるが、新開もモテる。よく通る声で急に女子の名前を呼ぶから、一瞬周りがざわついた。
 
「オレ達、小学校も同じだからさ」

 周りの反応に気がついて、新開が言葉を付け加える。ミョウジはなぜかオレの顔を見上げながら頷いていて、どうでもいいからオマエはさっさとラーメンを食え、と言いたかった。オレと同じメニューだったはずのラーメンはすでに汁を吸って、別物になっている。

「ナマエ、さっさと食べないと置いてくよ?」
「新開も声かけるなら、もっと早く来てよ」
「ごめん、すぐ食べるから!」

 ミョウジと一緒に食べていたのはクラスの女子だった。なぜか新開が責められているが、ミョウジが慌ててラーメンを食べるのを優しく見ているあたり、置いていく気はないらしい。

「ねー、新開さぁ。このヘタレ王子を誰か面倒見てくれる男子、どこかにいない?」
「声かけてくるの女子ばっか。ナマエちゃん、彼氏作る前に彼女できちゃう」
「ちょっと!何言って」
「オメーは喋る前にさっさとラーメン食え」

 思わず背後から頭を小突いてしまったのは不可抗力だった。タイミング悪くラーメンを啜ろうとしたミョウジがむせる。コレのどこがイケメンなのか、王子なのかと思いながら睨めば、黙ってラーメンを食べ始めた。

「荒北、そのままナマエの面倒見てくれない?」
「ハァ!?」
「あ、それいいね。荒北君が一緒にいてくれたら安心かも」
「だから、何を勝手に……」
「ナマエは黙ってさっさと食べなさい」

 ニコニコと笑うミョウジの友人2人。対照的にミョウジは一人で狼狽えていた。だから、さっさとラーメン食えヨ。

「靖友は見た目より面倒見もいいしな。同じクラスだし、助けてやれよ」
「困っている女子を放っておくのは男らしくないぞ」

 東堂は明らかに面白がっていて、新開もバキュンポーズしてんじゃねェ。オロオロしながら周りの顔を見上げるミョウジが困惑した顔でオレを見上げる。コロコロと動く表情が可笑しかったのと、最後に病院で会った時の泣き顔が重なって、思わず元気そうな姿に情が湧いた、というのが本音だった。

「あ、荒北君!?」

 うわずった声で名前を呼ばれて、はっとした時にはミョウジの頭を無意識に撫でていて。ヒュウ、と新開の吹いた口笛に思わず手を離せば、ミョウジが真っ赤になっていた。東堂はポカンと口を開けてオレとミョウジを見比べていたし、ミョウジの友達も顔を見合わせて驚いた顔をする。

「荒北君、うちのナマエちゃんをよろしくお願いします」
「見た目より繊細な子なんでめんどくさいけど、いい子なんで」
「うちの荒北は目つきも悪くて、口も悪い。おまけに態度も悪くてお世辞にも優しいとは言えないが、悪いヤツではないぞ」
「尽八、一個も褒めてねぇな」
「好き勝手言ってんじゃネーヨ!お前ら全員ボケナスか!」

 あまり接点のない組み合わせのくせに、ミョウジの友達と意気投合して勝手な事を言っている新開と東堂を置き去りにして、学食を出た。ミョウジをあの場で置き去りにした事は少し後味が悪かったが、うっかり伸ばした右手のやり場に困って、一刻も早くあの場から離れたいと思った。
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