03 女子にモテる彼女

 連絡先を一方的に押し付けた日の夜、ミョウジからメッセージが来た。その日から当たり障りのないメッセージのやり取りを何度か交わしているが大体がどうでもいい内容で意味はあまりない。病院の飯が美味いとか、オレの怪我の具合はどうだとか。メッセージばかりで声は一度も聞いていない。ミョウジの怪我を知った事で、どこか秘密を共有しているような微妙な関係。ミョウジと病院で会った事は誰にも話をしていないが隠したかったわけでもない。ただ、なんとなくあえて話題にしようとは思えなかった。

『購買のメロンパンが食べたい』
「ハァ?」

 メッセージのやり取りを始めて三日目。ミョウジからの脈絡のない文面に思わず口が開いた。だったらさっさと退院してこいと打ちかけたものの、送信はせずに消去する。その日の昼飯にメロンパンを2つ買って、食べかけた写真を送れば『ずるい。意地悪!』と憤慨したメッセージとスタンプが送られてきた。去年はほとんど接点もなく疎遠だったわりにミョウジとのやり取りには違和感はない。余分に買っておいたメロンパンを持って、寮には戻らず制服のままロードレーサーに跨った。サイクリング程度なら良いという中途半端な運動の許可を得ていた左手は軽く握るだけにして、ミョウジのいる病院へと向かう。総合病院に着いたものの、そういえばどこの階にいるのかは知らない事を思い出した。とりあえずをメッセージを打てば、すぐに返事が返ってくる。南館6階のナースステーションで声をかければいいよ、というメッセージとスタンプ。
 この前、見送ったエレベーターの隣の階段から6階へ上がった。とりあえず来てしまったものの、メロンパンを届けに来たと言ったらミョウジはどんな顔をするのだろう。そもそもなんで届けようと思ったのかと聞かれたら、正直返答に困るのは自分のような気がした。

「サーセン、相沢……ナマエの面会なんですケドォ」
「ミョウジさんの?」

 教えられたナースステーションでボソッと声をかければ注目を浴びて。面会の書類を書くように促されて書いていると、スタッフが声をひそめて「良かった」と呟いた。

「ミョウジさん、ちょっと困ってるみたいだから助けてあげて。追い返そうかって一応言ったんだけど、本人がいいって言うから」
「……ハァ?」

 追い返す?誰を、と聞き返す前に案内されたのは病室ではなく面談室と書かれた部屋。ノックの後に部屋をのぞけばやたらと賑やかで、女子ばかり。

「ミョウジさん、面会の方が来てるよ。それから、あなた達あまり大きな声を出さないようにしてね。他にも患者さんがいるから」

 箱根学園の制服を着た女子が五人。囲まれるように真ん中の椅子に座っていたのは困り顔で笑うミョウジ。今日も「風になる」なんて意味の解らない文言の入ったTシャツがダサかった。看護師のピリついた声で静まりかえると一斉に視線を向けられて気まずい。女だらけの部屋に置き去りは居心地が悪い。凍りついた空気の中、見知らぬ女達に「あの人、誰?」「チャリ部の三年生じゃない?東堂先輩達と一緒にいるの見たことある」「って言うか、ミョウジ先輩の何?」とあからさまに敵意を剥き出しにされて、値踏みされるような視線が鬱陶しい。

「来てくれてありがとう。そろそろ使用時間すぎて出ないといけないから、今日はもうごめんね」
「先輩もうお別れなんですか?」
「また、来てもいいですか」

 なんだ、この空間。思わず舌打ちしたくなったのは、オレには敵意むき出しにした女子がミョウジには猫撫で声で甘えてすり寄る姿。なんだ、あのミョウジの乾いた作り笑い。口ぶりからして、どうやら後輩らしいが随分といい態度だ。松葉杖を両手に立ち上がったミョウジにキャーキャー声を上げて抱き着こうとした奴の鞄を思わず掴んで後ろに引く。頭湧いてんのか、コイツら。

「ソイツ、こけたらどうなるかぐらいわかるよナァ」
「ご、ごめんなさい。ミョウジ先輩、お大事にしてくださいね」
「リハビリ、頑張ってください」
「学校に来てくれるの待ってます!」

 横目で睨みつければ、さすがに怯えた顔をして我先にと立ち上がる。逃げるように部屋を出ていく箱根学園の制服を睨みながら、勢いよく扉が閉まった瞬間、ミョウジが明らかにため息をつく。テーブルの上にはケーキの箱やらラッピングされたプレゼントが並んでいた。

「ケーキあんなら、メロンパンいらねェだろ」
「購買の?買ってきてくれたの?」
「誰かさんがズルイ、ってウルセーから」
「ありがとう!もう、購買のメロンパンが恋しくてさ。元々、週3ペースで食べてたから」
「それ、食い過ぎ」

 ミョウジの鼻先にコンビニ袋に入れたメロンパンを揺らす。目尻を下げてふにゃりと笑う姿がミョウジが送ってくる犬のスタンプとよく似ている。

「さっきのアレ、何。オマエ、後輩のハーレムでも作ってんの」
「二年生の子達なんだけど、なんか去年から懐かれてて。好意は嬉しいんだけどね。入院してたのバレちゃったみたい。職員室で先生達が喋ってるの聞いたみたいで。なんで同じクラスの人すら知らないのに、バレるんだろ」

 松葉杖のまま、器用にミョウジはプレゼントの袋を持つ。見た目にも危なっかしくて、ケーキの箱と一緒に取りあげれば申し訳なさそうに「ありがとう」と呟いた。

「荒北君、良かったらケーキ食べていかない?ここの部屋、借りれるの30分だけだから病室になっちゃうけど」
「入ってもいいのかヨ」
「さっきの子達は賑やかだから、ここの部屋30分だけ貸してもらってたの。別に面会は部屋でもいいんだ」

 そういう意味じゃねェよ、と思ったが言うのはやめた。一歩ずつ松葉杖で進むミョウジの後ろを着いていく。通り過ぎる看護師が気さくに声をかけるあたり人当たりの良さは一年の頃と変わっていない。「ミョウジナマエ」のネームプレートは病棟の一番端の個室にあった。散らかってるけど、なんて言っておきながらベッドもテーブルも整理整頓されていて、参考書までご丁寧にある。
 プラスチックのフォークを出して、紙皿を並べ、ジュースを冷蔵庫からとる。松葉杖でもある程度自由に動く姿はどこか見ていてホッとするような、イライラするような。松葉杖を壁際に寄せて、片足でベッドに移ろうとするミョウジの体に思わず触れてしまう。あぶねェって思っただけだ。腕を掴めば、驚いたように顔を上げたがミョウジはなにも言わずに俺の腕を掴み直すと、慎重にベッドに座った。

「荒北君、どれがいい?」
 
 テーブルの上で箱を開けると苺タルトに苺のショートケーキ。苺のミルフィーユに苺のムース、更には苺のプリンと見事に苺まみれ。

「……イチゴしかないじゃナァイ」
「ちょっとコレは予想してなかった」
「どんだけイチゴ好きだと思われてンの。っつーか、オマエが貰ったんだから先に取れヨ」

 苺まみれのケーキの箱を見下ろしながらミョウジは困ったように笑う。どんだけ迷うんだよってレベルにケーキを見比べた後に苺のタルトを選んだ。隣のショートケーキを受け取り、向かいあって食べる。なんだ、この状況。

「美味しい、幸せ」

 もう、オマエ絶対メロンパン食えねーだろ、と思ったがフニャフニャした顔でケーキを頬張る姿は確かに幸せそうだった。苺のタルトを食った後にミルフィーユもペロリと平らげてプリンを食べるか悩んでいるのを見ていると呆れてしまう。オレもムース食ったけど、まだ食うのかよ。

「ファンクラブ一同……何コレ?」

 結局、ミョウジがプリンの蓋に手をかける。不意にプレゼントに添えられたカードに目がいって、思わず口に出せばミョウジが視線を逸らして固まった。

「オマエ、ファンクラブあんの?」

 東堂かよ、と突っ込めば顔を真っ赤にしてミョウジは必死に首を振った。

「東堂君と一緒にしないで!あんな本気のじゃないから!ちょっとしたお遊び的な……?二年生の子が去年から色々とちょっと」

 言葉を濁して誤魔化す姿はちょっと可愛いと思う。確かにミョウジは女子にしては160センチは越えていてスタイルがいい。髪も長めのショートで、中性的な印象もあるからか、後輩女子から人気がある。陸上部のスプリンターであり、体育祭では女子の声援が凄かったことを思いだせば、さっきの反応もわからないでもない。ただ、オレの中の印象はやっぱり1年の時のまっすぐな目をした女だった。

「オマエ、アレだろ。去年の文化祭のせいだろ」
「……言わないで」
「執事喫茶で写真売ってたよナァ」
「……忘れて」
「東堂が自分のと、どっちが多く売れたか気にしてたヤツ」
「……東堂くんがぶっちぎりだったよ」
「バレンタインもすごかったんじゃね?」
「……荒北くん性格悪い」

 頭を抱えてため息をつく姿は心底困っていて。

「あれはさ、友達のメイクがうまかったんだよ。ほんと、みんな勘違いしてる」
「迷惑なら迷惑って、言えヨ」
「向けられる好意は嫌じゃないよ。慕ってくれるのは嬉しいし」

 嬉しいと言うには微妙な表情。溜息をつきながら、ギプスの足をゆっくりとさすっていた。

「でも、頑張ってくださいとか。応援してるって言われるとモヤモヤする」

 胸の辺りをぎゅっと掴んで噛み締めた言葉と感情に、昔の自分と重なるような気がした。

「インターハイはもう、走れない」

 だから頑張ってとか応援してるって言われても、私には頑張りようがないんだよね、と溜息をついたミョウジは遠い目をして窓の外に視線を向ける。穏やかな視線は凪いでいて、何でそんな顔をしていられるのか理解できない。ミョウジが強いのか、弱いのか。感情の見えない穏やかな顔をまっすぐに見れば視線は合わなかった。
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