20 彼女が抱えた最後の夢

 季節は巡る。幸せな気持ちも、寂しさも。色々な感情に浸る間さえ、時間は止まってはくれないし、季節は過ぎてゆく。
 夏休みだからと荒北君と二人で特別にどこかへ出かける暇もなく。補習と課題に追われて、補習が終わった途端に半ば寮から追い出されるように実家へと帰れば、荒北君とはメッセージと電話のやりとりがごくたまに、という寂しいものだった。
 陸上をこれからも続けるのかとか、進路はどうするのかとか。手術で挿れたボルトとプレートを抜く再手術はいつにするのか、とか実家に帰った後は、考える事は山積みで。あっという間に夏休みが終わってしまい、箱根学園に戻った時には、なぜか妙にホッとしたのは私だけではなかったと思う。
 学年全体が受験モードへと向かう中で、10月に行われる体育祭。受験生にとっても、現実逃避には丁度良く、勉強から理由をつけて離れる事ができる時間は有意義で、妙に力が入るのは仕方がない事かもしれない。

「ミョウジはリレー、アンカーな」
「最後は責任重いからなぁ。真ん中ぐらいがいい」
「却下。お前のアンカーは決定事項」
「あと、誰が走ってくれる?」

 配点の高いリレーのメンバーを選びながら、クラスの中が盛り上がる。球技大会で球技系の運動部が所属している競技に参加できないのと同じように、陸上部員はリレー以外は自分の種目は参加不可。だから、リレー以外は玉入れとか、綱引きとか、比較的平和な競技ばかりに参加する事になる。

「隣のクラス、応援団長は東堂君らしいよ」
「え、ほんと?新開君もやるって聞いたけど!」

 女子に人気のある名前が次々に上がり、クラスが一気に騒がしくなる。応援団は毎年人気があって、東堂君なんかは毎年の常連というか、人気がすごい。よく通る声がグランドに響くと、見ている女子生徒から悲鳴みたいな声が上がるのが毎年恒例になっていた。

「東堂君のクラスは毎年凄いもんね」
「うちのクラスはどうする?」
「チャリ部対決で荒北?」
「ぜってー、やらネェ」

 学ラン似合いそうだなぁと思って振り返れば、鬼の形相で荒北君が拒絶する。言うと思った。盛り上がる教室の中では、席はもう自由にみんな移動している。そっと荒北君の隣へ移動すれば、呆れた顔が一瞬だけ、こっちを見た。

「応援団、やれば良いのに」
「ア?無理ィ」
 
 面倒だからヤダ、なんて言いながらも荒北君が体育祭を結構好きな事は知っている。出場リストにはあちこちに名前があったし、荒北君は足も速くて、運動神経も良い。

「じゃあ、二人三脚、一緒に走る?」
「走るか、ボケナス!」

 一枠空いているメンバー表を見ながら、どうせ嫌がるだろうと思って声をかければ予想通り即答。借り物競走には出るくせに、と呟けば聞こえたらしくて睨まれた。

「二人三脚でコケたら、また折れンだろーが!」
「あ、そういう意味なんだ……」

 恥ずかしいからとかではなく、私の足首を心配してくれた事に思わず頬が緩んでしまう。荒北君の声が思いのほか大きいから、クラスメイトが振り返った。ニヤニヤした視線に晒されれば、赤くなった荒北君に後頭部を叩かれる。

「痛い」
「オイ、ミョウジが、応援団やるって」
「え、無理!」

 うちのクラスはチアリーディング部の女子が多くて。今年はチアリーディングでいこうと話がまとまりかけた所で荒北君がなぜか声を上げる。

「……私、リズム感ないよ」
「恥を晒せばいいンじゃナァイ?」
「え、待って。本当に無理だから!」

 メンバーの中にミョウジナマエと名前が書き込まれるのを見て、慌てて止めに入れば、荒北君が背後で笑う。はるちゃんとなっちゃんが笑いながら、私の名前をメンバーに本気で組み込もうとするから止めるのに必死になった。高校最後のクラスは楽しくて、笑いが絶えない。
 病院に閉じこもっていた1ヶ月。もっと早くクラスへ戻っても受け入れられていたのかもしれないなんて思いながら、チアリーディングから外してもらうように懇願する。

「ナマエちゃん、そんなにリズム感なかったっけ?」

 一人、完全にリズムを外す未来を想像して頭を抱えれば、クラスメイトが私の背中を叩いて笑う。結局、高校最後の体育祭、必死にチアリーディングの振り付けを体に叩き込めば、荒北君には散々からかわれてしまった。

「一年の体育祭ン時、オマエ覚えてる?」
「え、何?」

 リズムに乗り切れない私に呆れつつ、頬杖をついて見ていた荒北君は眩しそうに目を細める。何のことかわからずに動きを止めたら、何でもネェとだけ呟いてそれ以上は何も教えてはくれなかった。

「ミョウジ」

 不意に名前を呼ばれて顔を上げれば、何か教えてくれると思ったのに。

「オマエ、マジでリズム感ないネ」
「……だから、嫌だって言ったのに!」

 意地悪く上がった荒北君の口角。荒北君の薄い唇がニヤッと笑って私の名前を呼ぶ度に今でもドキドキしてしまう事、彼はきっと知らないんだろう。
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