13 彼女への感情に名をつけるなら


「靖友君は何か頼むか?」
「オレ達もポテトでいいのか、靖友君」
「ウッセ!気色ワリィ呼び方すンナ!」
 
 メニュー表を広げながら、やたらと人の名前を君付けで呼ぶのは東堂と新開で。ミョウジとの会話がバレていることが腹立たしい。
 大体、ミョウジが悪い。靖友君ってなんだ。そうじゃねぇだろ。普通に荒北、と呼べばいいと思っただけだ。大体、ミョウジの周りのやつだってオレのことは荒北と呼んでいたし、それで良かった話なのに。

「……次、そう呼んだらブッ殺ス」
「ミョウジをか?」
「フクチャン!?っつーか、汚ねえな、新開!」

 フリードリンクのウーロン茶を飲みながら、突然爆弾を投げてきたフクチャンの言葉に吹き出したのは新開で。東堂はゴホゴホと咳き込み、おしぼりで口元を押さえながら必死に声を殺して笑っていた。
 爆弾投げた張本人は相変わらず鉄仮面みたいに顔色ひとつ変えずに腕を組んでオレを見ていて。この惨状が自分のせいだなんて全く思っていないのかもしれない。

「荒北は呼ばないのか」
「ア?」

 ねぇ、この話題まだ続けンの、と口を開こうと思えば英語の課題をスラスラと解きながら、フクチャンはやっぱり顔色一つ変わっていなかった。

「ナマエ、と。そういえば小学生の時は寿一君だったのに、いつの間にか福富君に変わっていたな」
「オレはずっと、隼人君って呼ばれてるけど?」
「……荒北、フク達にマウントとられているぞ」
「ッセーよ、東堂」

 フクチャンと新開の視線の先には相澤がいて。友人二人と楽しそうに笑うミョウジをどこか懐かしそうに見ていた。

「荒北と一緒にいるミョウジは、よく笑う」

 病院で会った時の姿を思い出して、思わずミョウジから視線を逸らす。あそこで会わなければ、今みたいな関係にはなっていなかったかもしれない。

「もう、フリじゃなくてもいいだろう」
「ア?」

 核心をつく一言を言ったのがフクチャンじゃなかったら、多分適当に無視をしていたとは思う。どこか懐かしそうに目を細めているフクチャンはミョウジをどんな感情で見ているのかよくわからない。
 小学校からミョウジを知っているフクチャンや新開にとっては、オレよりもずっとアイツの事をわかっているのかもしれない。時折、視界の端でチラつくミョウジの存在を感じながら、思わず溜息をつけば、ぬるい視線を東堂達から向けられて、居心地が悪くてたまらない。

「……フクチャン、アイツの親父みてェ」
「なら、オレはお母さんポジションかな」
「ごつい母親過ぎるだろう」

 すいません、山盛りポテトをひとつ、と注文をしながら東堂が突っ込む。妙な所で結託されれば、何か言い返した所で意味がない。

「なぁ。靖友君。うちの子、大事にしてくれよ?」

 フクチャンまでコクリ、とか頷いてんじゃねェよ!とテーブルの下で新開の足を蹴り飛ばす。その後はもう何を言われようが徹底的に無視を貫いて、課題のプリントに手をつけた。とりあえずインターハイを前に、もうのんびりはしていられないし、インターハイ以外の事は考えている余裕はなくなる。というか、考えてる暇なんてねェ。

「荒北、問3間違ってるぞ」
「ア?どこォ?」
 
 間違えた場所を指摘するついでに東堂から字が汚いだとか、消しゴムでちゃんと消せだとか面倒くさい事を言われるのを適度に聞き流せば、不意に制服のポケットの中でスマホが震えた。

『荒北君、勉強してるみたいだから声かけずに行くね』

 メッセージの後にイヌが手を振る緩いスタンプ。店内を見渡してもミョウジ達の姿はいつの間にかいなかった。
 とりあえずオレ達も山盛りのポテトを食いながら、課題をさっさと片付けて寮へと戻る事にする。
 外気に触れれば、ジリジリと熱を帯びる肌の感覚に無性にロードバイクに乗りたくなった。

「……夏がくるなぁ」

 目を細めて空を見上げた新開の言葉に、多分フクチャンも東堂もオレも、考えた事は一つだろう。少し前を歩くフクチャンの背中。コイツをゴールに叩き込むのがオレ達の仕事で、役割だと思った。

「今日は風が強いな」

 不意の突風に東堂が髪を靡かせて、坂道を歩き出せば風が背中を押す。ロードバイクを始めて三年目。オレの最初で最後の夏が来るのかと思えば、自然と闘争心と高揚感で口角があがる。
 相澤の事を考えている余裕なんて、もうねェ。松葉杖はいらなくなった。笑顔も戻ってきた。
 もう付き合っているフリ、は多分いらない。

『後で寮、少し抜けられるか?』

 思わず勢いで送ったメッセージ。ミョウジに会って話す言葉なんて何一つ考えてもいないくせに、約束だけを取り付けようとしたオレは自分が思う以上に、今の関係を心地良く思っていたのかもしれない。
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