12 彼女の失言

 自転車との接触事故から二ヶ月が経ち、もう体重をかけても大丈夫と病院で許可をもらって松葉杖も卒業した。制服も衣替えの季節を過ぎてじんわりと暑い夏が近づく。屋外を歩けばジリジリと肌が焼かれてひりつく季節に少しだけ胸が痛くなる。
 そんなある日、久しぶりにはるちゃん、なっちゃんとファミレスで課題をやっていると途中で飽きてきたのか、はるちゃんが大きく伸びをした。
 
「ナマエちゃん、最近あの変なTシャツシリーズ着てないらしいね」
「そういえばそうじゃん。前はいつも着てたのに」
「だって部活辞めたのに着てたらおかしいじゃん」

 不意にはるちゃんから指摘をされた部活Tシャツ。部活を辞めて以降、寮の中でも最近は袖を通さなくなった。寮生じゃないはるちゃんが知っているという事はどこかでそういう話題が出ているわけで。以外とみんな気づくんだなぁ、なんて思った。乾くのも早いし、着ていて楽なのもあって、愛用していたけれど【爆速王】【最速王】【陸上魂】【一走入魂】等々。走れなくなった今、自虐ネタ以外の何ものでもないから袖を通すことがなくなった。
 洗濯が楽なのもあって、入院中にも愛用していたけれど、洗濯物を取りに来た家族に泣かれたし、車椅子の時に偶然会った荒北君も顔が引き攣っていた事を思い出す。
 
「最近ずっとルームウェアをミョウジ先輩が着ていて、女の子っぽくなっちゃった。やっぱり、彼氏が出来たからですよね」
「……は?」

 突然、いつもの淡々とした口調からは全く似合わない明るい声をなっちゃんがあげる。
 
「うちのバスケ部の後輩が嘆いてたよ。あのダサいTシャツとジャージがミョウジ先輩のトレードマークだったのに」
「え、ダサいって言われてたの?」

 ほんの少しショックを受ければ、気にする所がそこじゃないと怒られて。すっかり荒北君と付き合っているという噂はこの1ヶ月で広まっていた。

「荒北効果のおかげで、最近は静かだよね。一時期、本当にしつこい奴いたのに」
「怪我して弱ってたから、つけこめると思ったんじゃない?ナマエちゃん、割とチョロいから」
「……チョロい?」

 グラスの中で薄くなったウーロン茶を飲み込めば、二人の視線が突き刺さる。テーブル中央のフライドポテトをつまみながら、はるちゃんがスマホを取り出して画面をタップする。

「え、絶対チョロいでしょ。見て、これ」

 明るくなった画面を覗き込めば、私と荒北君がいて。一昨日、学食でメロンパンを半分取られた時の姿がスマホの中には収まっていた。ちょっと意地悪な顔をして、私のメロンパンをこれみよがしに食べる荒北君。かっこいいなぁなんて思いながらも問題はその隣にいる自分の顔だ。
 思わず、自分の顔を見た瞬間、ファミレスのソファーに倒れ込む。

「ナマエ、パンツ見えるよ」

 なっちゃんの淡々とした声に慌てて体を起こせば、腹筋強いね、なんて笑い声が聞こえた。ニヤニヤしている二人の視線から逃げるようにテーブルに顔を伏せる。

「ミョウジ先輩的にこの顔はありなんですか?」
「ねぇ、ちょっと待って?はなちゃんコレいつの間に撮ってたの」
「あんたのファンの子が、あんなミョウジ先輩見たことないって騒いでたから興味本位で探してみたの」
「そりゃもう、見事にデレデレしていたのが面白過ぎて私達はスマホを向けました。ついでに言うと、東堂君も面白がって荒北を撮っていました」
「なんで説明口調なの……!?」

 メロンパンを取られて怒っている顔かと思いきや。ただヘラヘラと嬉しそうに緩みきった自分の顔を人から見せられて羞恥心に震えたくなる。
 それなのに、はるちゃん達はドリンク何入れてくる?なんて普通に聞いてくるから「……ペプシ」なんて自棄になって呟けば「荒北か!」と笑われた。
 松葉杖を使わなくなったのは、ちょうど一昨日。これまでみたいに荒北君がお昼休みに席まで来てくれた。あぁ、もしかしてもう付き合っているフリは終わりィ、なんて言われるんじゃないかって思ったのに「パンでも買って学食行くか」なんて言うから、嬉しくて。

「あんな緩んだ顔、見せてたなんて信じられない……!」
「へー。ダレに?」

 勢いをつけて、やっとの思いで顔を上げれば、目の前にはいつの間にか荒北君。目を細めて「オマエ一人で何騒いでンの」なんて冷たく言われて慌てて周りを見渡せば、ドリンクバーの近くにはるちゃん、なっちゃん、それになぜか隼人君や福富君の姿が見えた。

「あ、あら、荒北君!?」
「オマエ、また食ってンの?部活辞めてんだからカロリー消費出来ンのか?」
「……さ、最低……!」

 これ見よがしにお皿のポテトを摘んで食べる荒北君。なんでここにとか、どこから聞いていたのとか色々言いたい事はあるのに、デリカシーのかけらもない言葉につい噛みついてしまった。しばらくすると、はるちゃんの持ってきた私のペプシを横取りして飲み干すと「食い過ぎんナヨ」とニヤリと笑う。

「荒北君ひどい」
「ネー、オマエいつまでそうやって呼んでンの?」

 太るヨ、と口を動かされて思わず言い返せば、荒北君が呻く。荒北君、と呼んでいる事を指摘されて、思わず口走ってしまったのは、本当に失言だったと思う。

「……靖友君?」

 思わず呟いて、しまったと思った時には遅い。はるちゃんとなっちゃんは飲みかけのアイスティーを吹き出していたし、荒北君は一瞬で青くなったり、赤くなったりしたと思ったら鬼の形相で私の頭をバシリと叩いた。

「オマエ、ホント馬鹿!?」
「……今のは聞かなかった事にしてください」

 叩かれた勢いで、そのまま再び机に沈めば、足音と共に荒北君が離れていくのがわかった。流石に隣に座っていたはるちゃんが私の肩を労るようにさすってくれる。

「ナマエちゃん、今のは最高に馬鹿で良かったよ」

 荒北君が退いたソファー席に移動したなっちゃんが、私の前にグラスを押し出す。荒北君が飲み干した私のペプシはもう綺麗に空っぽで溶けた氷だけが音を立てた。

「ナマエ、グラス交換してこようか?」

 通路を挟んだ席で荒北君の騒ぐ声が聞こえてきて、もはや思考回路がぐるぐるとまわる。何も言えない私が無言の抗議でグラスを引き寄せれば、二人の友達は声をあげて笑った。
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