11 彼女の気持ち

「荒北くん、何か怒ってる?」
「ア!?何も怒ってねーヨ!」
「いや、絶対怒ってる顔してるよ。靖友どうした?」
「ッセ!なんでもねェ!」

 ニコニコした隼人君の言葉が地雷だったのか、鋭い目つきで睨みつけた荒北君は舌打ちをして廊下を早足で去ってしまう。もうすぐ授業が始まるのに、どこへ行くんだろうと見送れば「靖友、腹でも痛いのかな」と隼人君。絶対違うだろうなぁとは思ったけれど、荒北君は振り返ることなく離れてしまった。

「ナマエ、ギプス外れて良かったな」
「うん。まだ松葉杖は使わないといけないけどね」
「でも、だいぶ調子が良いみたいで安心したよ。最近はよく笑うようになったし」

 靖友のおかげかなぁ、なんて意味深に笑う隼人君から目を逸らして、壁に背中を預ける。ここで怪我をした足側に回ってくれるあたりが隼人君がモテる理由なんだろうなぁ、なんて思った。小学校の頃から隼人君の事を好きな子はたくさんいて、中学の時もそうだった。高校に入ってからも中学が同じという理由で、隼人君の事を聞かれることも多かったっけ。

「なぁ、ナマエ」

 そんな隼人君が名前で呼ぶから、周りには勘違いをされる。彼女でもないし、隼人君との関係は恋じゃない。ただの小学校からの同級生は、中学でお互い目指すものを見つけた時に同志になった。スプリンターという肩書きを背負って、お互い走ることばかりを考えていた。

「靖友と一緒にいるの楽しい?」

 好きなのかと聞かないあたりにモテ男の要素を感じて、思わず吹き出してしまう。楽しいかと聞かれれば素直に頷けるから、好きという言葉を使うよりもずっと気が楽だった。

「荒北君は優しいから」
「靖友が聞いたら、すごい顔しそうだな」

 思わず脳内の荒北君が「ウッセ!」と歯茎を剥き出す様子が浮かんでしまって、隼人君と顔を見合わせて笑ってしまった。

「もう大丈夫だよって言わなきゃいけないのはわかってるんだけど」
「うん」
「甘えてるな、とか狡いなぁってわかってるけど」
「……うん」
「でも、言いたくない気持ちの方が日に日に大きくなっちゃって情けないなぁって思う」

 優しい目をした隼人君が聞き上手だから、思わず溢れてしまう本音。自転車競技部だって、これから先はインターハイに向けて余計な事を考えている時間なんてないと思うのに。荒北君から「もうイイ?」って言葉を聞くまでは、なんて狡いことを考える自分が情けない。

「私、こんなに弱かったかなぁ」
「人間、そういう時はあるよ」
「足の骨と一緒に心も折れちゃったのかも」
「ポキっといっちゃった?」

 笑みを浮かべながらも、どこか寂しそうな目をした隼人君は1年生の時にインターハイを辞退しているし、その理由も聞いている。私に言い聞かせるみたいな言葉はもしかして、隼人君自身に向けた言葉なのかもしれない。

「そうかも。でもボルトとプレートでくっつけたから大丈夫だよ」
「想像するだけで痛そうだよ。でも……おめさんが自転車に轢かれたって聞いた時は、正直心臓止まりそうだった。足の骨折だって聞いて、インハイ間に合わないって思ったけど。それでも無事だったことに勝手にホッとしたよ」

 伏せた瞳が言いたいことは言葉にしなくても伝わってくる。あのふわふわで可愛いウサ吉の事をきっと、隼人君は考えているのかもしれない。

「私の分まで、隼人君はインハイ走ってね」
「いや、それはオレに言うんじゃなくて靖友に言えばいいんじゃないか?」
「……荒北君は、ハァ?ウッセ!オレが走るのとオメーは別問題だろ!って絶対怒ると思う」

 少しだけ口調を真似てみれば、一瞬目を丸くして隼人君は吹き出した。靖友なら言うだろうな、なんて声をあげて笑っていると、廊下の向こうから走ってきたのは荒北君だった。

「オメー、いつまで喋ってンだよ!バァカ!」
「ほら、やっぱり怒った」
「アァ!?」

 真似した口調によく似ていて、思わず吹き出せば駆け寄ってきた荒北君に、それなりの勢いで頭突きをされる。

「痛い……」
「オメーが教室に戻ってこねェからだろうが!」
「1年の時は逆だったのに」

 入学したばかりの頃、教室にいなかったのは荒北君の方で探しに行ったのは私。今は逆転している事実に思わず口元が緩めば、ヘラヘラしてンな!バァカ!と今日何度目かわからないお叱りを受ける。

「さっきの話だけどさ、ナマエ。オレらは直線のストレートが得意なわけだから、回りくどい事考えずに自分に素直になればいいんじゃないか?」

 必ず仕留めるバキュンポーズを向けられたのは荒北君で。ポカンと開いた唇が怒鳴る前に、隼人君は爽やかな笑顔で教室へと先に戻っていく。

「オメーら、意味わかんネェ。何の話?」
「……スプリンターの根性論?」

 曖昧に笑って誤魔化せば、荒北君は眉間に皺を寄せると小声でマジで意味わかんネェ、と呟く。結局、松葉杖では走るわけにもいかず、教室に戻ったのは授業開始3分前だった。
 この日、なぜか荒北君は私から視線を逸らしているような気がしたけれど、理由を聞くと怖い顔で睨んでくるから、少し怒ったような横顔を見つめて、やっぱり彼が好きだなぁ、なんてじんわりと思ったりした。
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