10 写真の中の彼女

 人たらし、というのはミョウジみたいなやつのことを言うんじゃないかと思う。けれど周りが思うほど、しっかりはしていなくて時々抜けているから放って置けなくなるのかもしれない。
 キリッとした顔をしていたかと思えば、ラーメン食ってヘラっと笑って。唐揚げ取られて絶望的な顔をしたり、表情がコロコロ変わるのは見ていて面白い。
 遅刻してきたミョウジは宣言通りギプスが外れていたけれど珍しく黒タイツを履いていて、どう考えたって傷痕隠したいからだろと思う。それをなんだか物珍しげに見ていたサッカー部のやつを通りすがりに睨んでおいた。
 放課後、松葉杖をつきながらでかい紙袋を下げて廊下を歩くミョウジを見つけた。背後から声をかければ一瞬驚いて飛び上がったから、思わず首根っこを掴んでしまった。

「何フラフラしてんのォ」
「びっくりした。なんだ、荒北君か」
「なんだじゃねーヨ。デカイ袋ぶら下げて、何フラフラしてんだよ」

 ミョウジが手に持っていた紙袋の中にはラッピングされた何かがゴロゴロと入っていて。指を引っ掛けて中を覗けば誰かへのプレゼントらしい。

「お見舞いに来てもらったから、後輩の子達にと思って」
「マジメちゃんか」
「だって、色々貰ったしケーキもいっぱい買ってきてもらったから」
「泣きながらガツガツ食ってたやつな」

 からかうように言えば、赤くなったり頬を掻いたり。口を閉じて、黙って前を向いていれば確かにイケメンな面なのに、こうやって表情がコロコロ変わるのを見ていれば、普通の女子だった。
 袋を取り上げて並んで歩き出せば、馬鹿面でオレを見上げていた。最近は余分な事を言うとオレにど突かれる事を学んだらしく、ミョウジは礼だけを小さく呟く。二年の教室に向かい、教室の中を見渡せば、目があったのは部の後輩、黒田だった。
 
「荒北さん?二年の教室にどうしたんすか」
「ちょっと黒田、邪魔!ミョウジ先輩!どうしたんですか?」

 俺の所に近寄ってきた黒田を押し除けて、女子が数人集まってくる。多分、病院で見かけた事がある様な、ない様な。なんかもう全員同じに見えるから、正直わかんねーわ。
 いきなり押し除けられた黒田がオレとミョウジを交互に見比べる。お礼を言いながら、一人一人にラッピングを渡す光景をぼんやり見ていれば、黒田がなぜか話しかけてくる。

「え、荒北さんの彼女っスか?」
「ウッセ」
「え、マジですか。王子と付き合ってるんですか?」
「王子じゃねぇヨ」

 黒田の声に周りがやたらと反応するから視線がウルセェ。賑やかな女子に囲まれたミョウジはニコニコと笑って、照れた様に笑うけれど、オレと見比べた後輩に何かを言われると耳まで赤くなっていた。
 寝ぼけて向けられた『荒北君、好き』と言う言葉が不意に脳裏をよぎる。あんな顔されたら、勘違いしそうになるから、マジでアイツは色々気をつけた方がいい。

「……荒北さん、アンタそんな顔するんですか」
「黒田ァ。オマエもう黙っとけ」

 さっきから余分なことしか言わない黒田を睨み、数歩下がってミョウジの背中をぼんやりと見る。オレが待っていることに気づいた二年の女子がミョウジの袖を引いて、何かを囁くと、すぐに戻ってきた。

「もうイイわけ?」
「うん、付き合ってくれてありがとう」

 空になった紙袋を折りたたむミョウジはどこか安堵した表情で、松葉杖をつきながらゆっくりと両足で歩き出す。荷重制限があるとかで、ぎこちなく見えるのはそのせいだろう。

「ミョウジァ。オレの分は?」
「は?」

 後輩に向けたキリッとした王子ヅラが気に食わなくて、小声で横から呟けば。一気に表情が崩れて、焦った顔になるのがおかしくてたまらない。
 
「オレもお見舞い行ったけどォ?」

 オレの分はないんだネー、なんてわざとらしく言ってやればあたふたするのがおかしくて。すました顔より、ずっとその方がいいと思った。
 番犬なんて柄にもない事を自分から言い出してしまったから後には引けなくなって。構い始めたら思ったよりも面白い反応を見せるから、どこか楽しんでいる自分がいる。
 この奇妙な関係の終わりはどこなのか考えないわけじゃない。ミョウジは病院で会った時の事を思えば、ずっと元気になった。

「荒北君も甘いもの好き?」
「好きだヨ」

 似合わないとか言うなよ、と言葉を続けようとしたのに。立ち止まったミョウジがまるで茹でたタコみたいに真っ赤になったのを見て、思わず形の良い相澤の後頭部をぺしりとどついてしまった。

「痛い……!」
「オマエ、だからそういう顔……!」

 向けられる好意がくすぐったくて、気まずくて、この場に置き去りにしてやりたい衝動に駆られながら顔を背けたその先に。アホ面でオレとミョウジのやりとりを呆然と見ている黒田と目があって、思わず睨めば慌てた様子で駆け寄ってくる。

「荒北さん!」
「アァ!?何?」

 その場で頭突きをかましたくなる衝動を飲み込めば、困惑した顔の黒田がオレに紙袋を差し出してくる。中を覗き込めば小さなアルバムが入っていた。

「クラスの女子に、荒北さんに渡してくれって押し付けられたんですけど」

 オレも追いかけたくてきたわけじゃない、とめんどくさそうに呟くと袋を押し付けて逃げるように黒田が離れていく。

「荒北君?」
「ウッセ!さっさと三年の教室戻ンぞ」

 何となく渡されたアルバムは嫌な予感がして、その場では開かずに教室に戻った後もロッカーの奥底へ押し込んで見なかったことにした。結局開いたのは寮の自室へと戻ってからで。怖いもの見たさで開けば、例の執事喫茶の男装ミョウジの写真がいくつか入っていて慌ててアルバムを閉じる。

「……コレ、どーすンだヨ」

 アルバムの中で、キリッとした嘘臭い顔の後にページをめくれば、ちらっとだけ見えた照れた顔。思わず机の引き出しに仕舞い込んで見なかったことにしたが、写真の類が手元にある事には変わりがない。バクバクと音を立てる心臓の意味を知りたくはなくて、とりあえず課題の数学を開いても何一つ頭の中に入るわけはなかった。
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