08 墓穴を掘る彼

 どこの運動部だって、夏の大会が終われば多くの3年は引退する。ミョウジが陸上部に退部届を出した話はそれなりに校内でも話題になった。1ヶ月近く休んだと思えば、松葉杖で帰ってきた陸上部エーススプリンターの早すぎる引退は色んな意味で人の注目を浴びているようだった。

「ナマエ、サッカー部のやつに呼び出されたらしいな」
「へー。あいつ、男にもモテんのカヨ」

 ミョウジが復帰してから、やけにあいつの周りは騒がしい。本人が望まなくても、周りは随分と関心を寄せていて本気で心配している奴らの中に混じって、同情や興味本位の匂いがする。ミョウジもわかっているのか、時々存在を消すかのように教室からふらりといなくなる。あいつの仲のいい女子達はそんなミョウジを守ろうとしている様に見えた。別にミョウジは弱って見えるわけじゃない。
 けれど、少なくとも陸上部の花形だったエーススプリンターの座を怪我によって降りるしかなかったミョウジに対して、これを機会とばかりに付け込もうとするやつらがいるのも事実だった。
 廊下で話していた新開の視線が一番後ろの席のミョウジに向く。明らかにミョウジと同席している女子二人が一瞬離れる隙を狙った様子で声をかけていたのは噂のサッカー部のやつだった。かと思えば「ミョウジ先輩!」と二年の女子二人が廊下から大きな声でミョウジを呼んで手を振る。さすがに三年の教室にズカズカと入り込むには勇気がいるのか、調理実習で作ったらしい菓子を振っていた。

「やっこさん、ありゃ疲れるだろうな」
「ったく、ギャーギャーピーピー、ウルセェんだヨ」

 ミョウジは松葉杖を手に廊下の近くまで、ゆっくりと移動する。これ見よがしにサッカー部のやつが支えようとしたのを、やんわりと断っている。

「先輩、良かったら食べてください」
「私達で作ったんです」

 差し出されたのはラップに包まれたカップケーキが2つ。ミョウジが受け取る時には、小さな紙袋に入れていて、最初から渡す用意をしていたんだろう。
 ありがとう、とでも言われたのか、ミョウジに微笑まれた二年生は扉の前ではしゃぐ。パタパタと賑やかに駆けていく姿が目の前を通った後、背後で舌打ちが聞こえた。

「走れなくなっても、全然楽しそうじゃん」
「王子だからしょうがねぇよ」
「……オイ」
「靖友」

 侮蔑するような嘲笑に思わず振り返ろうとすれば、新開に肩を掴まれる。ミョウジを一瞥して通り過ぎた奴らの背中を睨めば、新開は静かに首を振った。

「別に問題なんて、起こさねえヨ」
「別にそんな風には思ってないよ」

 掴まれた腕を振り払って、教室内に戻る。ミョウジが気付いて「ごめん、邪魔だね」とフラフラしながら方向転換をした。

「ったく、また後輩から餌付けされてんじゃねーか」
「いや、せっかく作ったって言われたら」
「ハイハイ。そのペースで食ってると太るヨ」

 ニヤッと笑って指摘してやれば、痛いところをつかれたのかミョウジが押し黙る。

「ナマエ!また貰ったの!?」
「もー。断らなきゃ駄目って言ったのにー!」
「なっちゃん……はるちゃん」

 言い訳したそうなミョウジを黙らせたのは、仲の良い2人の友人で。まるで親に怒られているみたいなミョウジのしょんぼりした様子にクラス内で笑いが広がった。
 
「だから、荒北に頼んだのに」
「アァ?」

 席に戻ろうとすれば、急に話の矛先を向けられた。真ん中に挟まれたミョウジが驚いて目を丸くする。

「何も頼まれてネーヨ」
「いや、そこは空気読んでよ」
「もう新開に頼む?」
「でも新開君はちょっとなー。本気のファンの子達がいるから怖いじゃん」
「2人ともいい加減に……。荒北君に迷惑だから!」

 もう、と憤慨するミョウジが自分の席に戻る。サッカー部のやつはまだミョウジの席の近くにいて、チャイムが鳴るギリギリまで側にいるのが鬱陶しい。そういえば、補習の時もミョウジの周りをうろついていたように思う。その度に東堂や新開に絡まれていたから長居はしなかったが。

 色々と目につくせいか、自然とミョウジの存在を探すようになっている自分に驚きつつ、昼飯の食い場所を探す。食堂は無意識に目が追うからやめようと思った。久しぶりに購買で買った惣菜パンを片手に屋上へ向かったのは、そこそこ日差しの強い日に好んでこんな場所で飯を食いたいやつはそういないと思ったからだ。

「……ミョウジ、おまえ何やってんの」

 だからこそ。屋上のコンクリートの上で寝転がっていたのがミョウジだと気がついた瞬間、思わず溜息をついてしまった。寝転がるミョウジを上から見下ろせば、半分寝ぼけていたのか、反応が鈍い。

「……荒北君?」
「おまえ、その足でここまで上がってきたのかヨ。バカ?」

 近くに投げ出している松葉杖を拾って、ミョウジの隣に座る。オレの影に顔が隠れたミョウジはまだ夢見心地なのか、ぼんやりしたままオレを見あげていた。
 不意に右手を伸ばされて、にこりと笑いかけられれば正直困惑する。寝ぼけたやつは無視をして、唐揚げパンを咥えながら、ベプシのプルトップを開ける。やっぱりペットボトルよりも缶が美味い。

「荒北君」
「ア?」

 目を逸らしたことが気に食わなかったのか、ミョウジがオレの制服の袖を引く。

「……荒北君、好き」
「ハァ!?」

 寝ぼけているにしてもタチが悪すぎる。思わずごくりと飲み込んだ炭酸が気管支を刺激して派手にむせ込めば、ミョウジは目が覚めたらしい。寝ぼけた顔が引き締まり、キリッとした目つきに戻る。オレの制服の袖を掴んでいた自分の手を不思議そうに眺めた後、そっと手を離した。

「荒北君?大丈夫?」

 大丈夫じゃねーヨ!と怒鳴りたいのに咳込んで止まらない。慌てて体を起こしたミョウジがオレの背中をさすった。

「……あれ?」
「おまえ、さっき何て言ったァ?」

 そもそもなぜオレがここにいるのか、と言いたげなミョウジは現状が飲み込めていないらしい。人を翻弄しておいて涼しい顔をしている事が非常に腹立たしい。

「大丈夫?って言った」
「その前だろ」
「……おはよう?」
「寝言ォ!?」

 思わず、覚えてねぇのかよ!と怒鳴りたい気持ちをグッと飲み込んで、唐揚げパンを齧る。寝たぼけたやつのせいで味がしない。耳に残る甘い声に、翻弄された自分に腹が立つ。ミョウジは眠たそうに欠伸を噛み殺すと、人の気も知らないで伸びをした。

「背中、痛い」
「知るか!ボケナス!」
「……なんか怒ってる?え、もしかして寝ぼけて変な事でも言った?」

 もうコイツ、マジでどついてやろうかと思うレベルにはミョウジは覚えていないらしい。2つ目のコロッケパンに齧りつきながら、ふとミョウジに視線を戻す。この時間、すでに昼寝していたって事は、コイツ飯はどうした。

「飯はァ?」
「……これ、貰ったから」

 二年の女子から渡された紙袋を持ち上げてみせるが、食べた形跡はない。ミョウジも寮生活だから、基本は購買か食堂の二択のはずだ。持ち上げた白いマグボトルの中で氷の音が鳴る。

「ったく、しょーがねぇナ」

 3つ目のメロンパンを袋ごと差し出せば、お腹空いてないからと必死に断ろうとする。ムカつくから半分に割って押し付けた。

「本当なら3つくらい食えんだろ」
「食べられるけど、今は運動もしてないし」
「運動しなくたって、腹は減るだろ」

 なかなか食が進まないのか、メロンパンを握りしめているミョウジの目の前でこれ見よがしに食ってやった。

「週3ペースで食うぐらい購買のメロンパン、好きなんだろ」
「覚えてたの?」

 見せびらかして食べれば、ミョウジは照れて赤くなる。食べ始めれば、パクパクと美味そうに食い始めたから食えるんじゃねえか。しょうがねえから4つ目のソーセージパンも半分に割って分けてやった。
 断ろうとする割にはミョウジの腹の音が鳴る。悪いからと逃げ腰になるから、後輩から貰ったカップケーキを一口取り上げた。

「あ、美味しい」
「オマエも去年、作ったんじゃねーの?」
「作ったけど、全然膨らまなかったんだよね。チョコチップが焦げて苦かったし」
「ダッセ。そりゃ、誰にもやれねーな」
「責任とって自分で食べたよ」

 不味かったけど、とボソリと呟いたのが本音だろう。結局、勢いがついたのか残りのカップケーキを完食したミョウジは、ほっと一息ついたらしい。

「……オレが一緒にいたら、風除けになんのかヨ」
「え?」

 構われたくない時は誰だってある。けれど誰も触れてこないのは、それもそれで苛立つが、ミョウジのように放課や昼飯の時間すら周りに振り回されるのは、相当疲弊するはずだった。尚更、怪我をしているのが足ならば。その場から離れる事も出来ないから、こうやって誰かに捕まる前に姿を隠すしかないんだろ。

「……付き合ってるフリ、しとけばァ?」
「は?」

 口をぽかんと開けて、馬鹿面になって。間の抜けた顔のミョウジは誰が?と脳内フリーズしたらしい。

「オレとオマエがだヨ!番犬ぐらいしてやる。わかれよ、このボケナス!」

 オマエがオレの背中で泣いたりするから。強がって平気な顔ばっかしてるから。無防備に好き、なんて寝ぼけて言ったりするから。

「……でも」
「迷惑なら言わねェ。でも一年の時にオマエがオレに構ってたのは放っとけなかったから何じゃねぇの」

 よく飽きもせずに、ビビリもせずに声かけてきたよナァとどこか懐かしく思えばミョウジは泣き出しそうな顔でオレを見ていた。

「悪かったナ」

 陸上部、誘ってくれたのに一緒に走ってやれなくて、とずっと言わないままだった言葉を口にすれば、ミョウジがポロポロと泣き出した。

「オマエ、オレの前ですぐ泣くのやめてくれナァイ!?」

 誰もいない屋上。けれど思わず慌ててブレザーを脱いでミョウジの頭から被せたのは、これ以上こいつの泣き顔を誰にも見せたくなかったからなのかもしれない。
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