メロンパンと片恋な葦木場くん

 男は背が高い方が良いなんてよく言うけれど、当事者としては正直限度があると思う。190センチを越えても関節が痛かった時には絶望したし、体育でバスケやバレーをすればずるいと言われる。公共交通機関に乗れば嫌でも他人からの好奇の視線を向けられるし、映画館にも行きにくい。クラス写真では1人だけ頭が飛び出ているのが昔から嫌だった。それはもはやコンプレックスだったのに、牛乳を控えた所で伸び続けた身長は結局202センチになった。当然、背もそこまで伸びれば手も足も大きくなるからグローブもシューズもお気に入りを見つけてもサイズがないなんてことも少なくはない。
 自動販売機よりも背が高くてもそんなに世の中メリットはないし、むしろ遊園地に行けば身長が高すぎる事で乗れないアトラクションがあると知った時はショックだった。
 そんなオレにとって高身長で良かったなと思う瞬間もゼロではない。例えば混雑した購買で人だかりの中に埋もれている好きな子の手助けがしてあげられる事は、ちょっとした優越感を感じられる瞬間だった。

「葦木場くん、メロンパンとって!」

 混雑した購買の人だかりの中で1人だけ頭が飛び出ているオレの背後で同じクラスのナマエちゃんの悲壮な声が聞こえた。

「チョコチップのやつ!」

 必死な声に背中を押されて、目の前の棚からメロンパンを掴む。思わずチョコチップが多めのやつを選んで、持っていたおにぎりと一緒に右手を掲げた。ついでにざらめのついたクロワッサンを見つけて、それも左手で掴む。振り返ってもナマエちゃんの姿はすぐには見つけられなくて、でも声だけは聞こえたから、きっとまだ背後にはいるのだろう。

「他は?ナマエちゃん、欲しい物ある?」
「クロワッサン!生クリーム入ってるやつ!」

 ちょうど棚には最後の一個。思わず手を伸ばして掴んだら、背中に柔らかい感触が触れて思わず背後のナマエちゃんが潰れていないか心配になった。

「ナマエちゃん、取ったよ!」
「葦木場くん、今日もありがとう!」

 体の向きを変えれば、ラグビー部の体の大きな生徒達がひしめき合っていてナマエちゃんはその中で異質な存在だった。


「掴まって、ナマエちゃん!」
「大丈夫!ちゃんと後ろ着いて行くから先に行って!」

 オレに掴まればいいのに、人波を必死に掻き分けながらナマエちゃんはレジへと向かう。彼女の丸い頭を見失わないように追いかけると、オレが後ろにいるのを確認してから、ナマエちゃんは握りしめていたお財布を開いた。

「後ろの子が持ってる分、まとめて払うので」
「え、オレの分は自分で払うからいいよ」
「良いの。成功報酬だから!」

 キリッとした口元ではっきり言い切られればそれ以上は言えなくて。両手にパンの袋とおにぎりを掴んだまま、人の少ない渡り廊下まで彼女と並んで歩く。毎週金曜日は購買で焼きたてパンが売られる日で、売り場は毎回戦争みたいになる。女の子達は大体、前日に予約が出来るから凄惨な現場に来る事は好まなくて、各教室に届けられるのを待っているから大体購買に集まるのは体格の良い運動部の男子生徒ばかりだった。オレはたまたまパンが食べたくなった時に買いに来ていたけれど、毎回人の波に流されながらパンを買っている同じクラスのナマエちゃんの事が気になって仕方がなかった。
 他の子達みたいに予約しないの?って聞いたら、乱れた髪を直しながら「当日に食べたいパンを買いたいから」って謎のこだわりを真顔で呟くけれど、毎回メロンパンとクロワッサンなのが気になって仕方がない。メロンパンはチョコチップがあるか無いかだし、クロワッサンはチョコと生クリームの二択。最初の頃は彼女の分も取ろうか?って声をかけたけど、自分で取るから気にしなくて良いと断られてしまったけれど、3回連続で買い損ねた後は死にそうな顔で「葦木場くん、やっぱりお願いしても良い?」と申しわけなさそうにお願いしてくれた。そんなやり取りを半年ぐらい続けていたら、今では毎週金曜日は一緒に購買に行くようになった。オレとしては片思い相手のナマエちゃんと昼休みを一緒に過ごす口実が出来て嬉しいけれど、彼女は毎回戦争にでも行くような真剣な眼差しで来るから温度差がすごい。

「今日もありがとう。葦木場くん、おにぎり二個とクロワッサンって少なすぎない?え、足りる?」
「お腹いっぱいになると眠くなっちゃうし、丁度いいよ」

 ナマエちゃんと歩く時は普段よりも少しゆっくりと歩く。それはもう少し一緒にいたいと思う気持ちと、小走りにさせるのが申し訳ないと思う二つの気持ち。いつの頃からか毎週金曜日は勝ち取ったパンを嬉しそうに頬張るナマエちゃんと一緒にお昼を食べる事が習慣になった。
 天気が良いと屋外の事もあるし、天気が悪いと教室だったり。その日の気分でふらふらと場所を変えるナマエちゃんについて行くと、今日は体育館の階段だった。

「今日は風が気持ち良いから、ちょうど良いね」
「そうなんだよね。ここは夏は暑すぎるから今がちょうど良いよ」

 自動販売機でアイスティーのペットボトルを二つ買ったナマエちゃん。先に階段に座ったオレの両頬にひんやりしたペットボトルを当てるから冷たさと急な悪戯に驚いてしまった。

「冷たい!」

 思わず首をすくめたら、ナマエちゃんは少し意地悪な笑顔を浮かべるとオレの頭を撫でてからアイスティーをそのまま一本くれた。ナマエちゃんはちょっと猫みたい。気まぐれな所とか。オレの反応に満足したのか、ナマエちゃんは一段オレの上に座る。隣に座るよりも一段上に座ってくれる方が目線が近くなってオレが嬉しい事、彼女は気付いているのか、気付いていないのか。

「普通のメロンパンはさ、カリッとしてるの。でもチョコチップが入ってるのは、普通のよりしっとりしてる。どっちも好きだから、いつも直前まで迷うんだよね」
「だから予約しないんだ?」

 袋から取り出して、幸せそうにメロンパンを齧ったナマエちゃんは嬉しそうに頷く。毎週、本当に幸せそうに食べる顔を見ているとオレも嬉しくなってしまう。

「葦木場くんもざらめのクロワッサン好きだよね」
「うん。好き。すごく好き」

 ざらめのクロワッサンも、ナマエちゃんの事も。一度も彼女への好意を口にした事はないけれど、思わず力を込めて頷けば、彼女は目を逸らす事なく見つめ返してくる。猫みたいな真っ直ぐな視線にオレがドキドキしている事を知らないナマエちゃん。オレと初めて同じクラスになった時、目をキラキラさせて「葦木場くん、本当に背がすごく高いんだね。おっきくてかっこいい。足も長いね!」なんて直球で誉めてくれた事、オレは正直すごく嬉しかった。

「私も大好きだよ」

 ナマエちゃんは、メロンパンの1番サクサクしていてチョコチップがたくさん入っている部分を手でちぎるとオレの口元へと差し出す。ナマエちゃんが1番美味しいといつも熱弁する部分を差し出されて、思わず硬直してしまった。ナマエちゃんの大好き、はきっとメロンパンの話。細い指先を目の前に思わず顔が赤くなっていないか不安になってしまうけれど、恐る恐る口を開けば甘くて優しい味を詰め込まれて、口の中いっぱいに幸せが広がる。

「……最近、金曜日が待ち遠しいんだよね」
「わかる!私もだもん」

 サクサクしてしっとりしているチョコチップのメロンパンは幸せの味。思わずニヤける口元を片手で隠して呟けば、ナマエちゃんも同調するように力強く頷いた。多分、意味がわかってないんじゃないかなと思ったけれど、来週もまたオレはこの無駄に長い手を使って、彼女の好きなメロンパンを確保する為に頑張ろうと思った。
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