君と歩く未来への道

 フクちゃんは強い。口癖のように「オレは強い」というけれど、言葉には力があるからいつだって強くあろうと努力してきた証なのだと思っていた。それこそ、物心ついた頃にはフクちゃんは福富寿一だった。や、生まれた時から福富寿一なのは当たり前なんだけど。凛々しい眉毛は昔から変わらず、幼稚園の制服を着ていた頃ですら、転んでも自分で立ち上がる強さをもっていた。懐かしいアルバムを捲っても、泣いている私の手を繋いでくれているのはフクちゃんだし、一緒に転んで私よりも派手に膝を擦りむいていても「ナマエ、だいじょうぶか」と聞いてくれる人だった。
 今思えば、フクちゃんは見ていない女児アニメの話をいつも聞いてくれたし、おままごとにも付き合ってくれる懐の広い男だった。口数は少なくて気の利いた言葉なんて言えないフクちゃんに無茶振りをしてきたな、と反省もしている。「フクちゃん、おままごとヘタすぎ!つまらない!」とダメ出しをした私は今考えても理不尽だなと思うけど、いくら幼馴染とはいえ、怒るわけでもなく「わかった。もっと上手くできるように頑張る」と真顔で謝るフクちゃんは真面目で負けず嫌いだった。思い返せば、フクちゃんと私の思い出は遥か幼少の頃から山ほどあって、俗にいう所の腐れ縁。まぁ、綺麗な言い方をするなら運命だと思うけれど、フクちゃんの実直さも素直さも真面目な所も幼馴染の私は誰よりも知っている自信がある。そして、それと同時に私の事は同じくらいフクちゃんに理解していて欲しいと思うのは、私のワガママではないと思う。
 幼馴染という枠の中で生きてきた年数を得て、恋人になった経緯は語り始めたら死ぬほど長くなるから割愛するとして。それなりの交際期間を過ごして同棲を始めた大人になった私達。フクちゃんの事なんて、何でも分かっているつもりでいたのに、今でも知らない顔をまだ持っている。驚かされる事もあれば、私の知らないフクちゃんの顔に嫉妬する事があるなんて、彼はきっと気がついていないんだろう。

「フクちゃん、今夜は飲み明かそう」
「いきなりだな」

 急にサムギョプサルが食べたくなって、向かったのは女子会で何度か行った韓国料理のお店。そういえばフクちゃんとは行った事がなかったけれど「サム‥‥?」と聞きなれない呪文を耳にしたみたいな反応が可愛くて、了承の返事を聞く前に部屋の鍵をかけて家から連れ出したのは30分前の出来事。メニューを見て、何度か瞬きをしたフクちゃんは「よくわからないから頼んでくれ」と早々に諦めていた。

「フクちゃん、これがサムギョプサル。焼肉みたいな感じなんだよ」
「サムギョプサル」
「こっちはトッポギ。モチモチしてるの」
「トッポギ」

 料理の写真を見せて、説明する私の後に続いて噛み締めるみたいに料理名をフクちゃんは呟く。知らない料理名を覚えるために声に出してアウトプットするのは真面目さの表れだけれど、ちょっと後をついて回るひよこみたいで可愛い。

「ナマエが選ぶ物はいつも美味いから任せる」
「ん、おっけー。適当に頼むね」

 フクちゃんは韓国料理屋に入るのは今日が始めてだからチヂミとか食べやすい物もあった方が良い。全ての権限を委ねられて、私への圧倒的な信頼に頬を緩ませながら、いくつかの料理を頼んだ。フクちゃんの家はなんていうか、おやつにオシャレな洋菓子が出てくる家だったから、フクちゃんが始めて食べる庶民のお菓子は大体私が教えてきた。初めてうまい棒を食べて感動していた姿を思い出して懐かしさに頬を緩めながら、韓国料理初心者のフクちゃんが食べられそうな物を選ぶ。

「フクちゃん、チャミスルには気をつけないとダメなんだよ」
「チャミスル?誰の事だ」
「お酒だよ」

 お酒のメニューを見せながら、半分自分に言い聞かせるようにフクちゃんに教える。いや、人の名前じゃないのに突然の真顔でボケをかます所が本当に可愛い。緑色のボトルを指差せば、すこし恥ずかしかったのかフクちゃんの耳が赤くなる。

「韓国の焼酎なんだけど、飲みやすくて酔いやすいの」
「なぜわかっていて頼むんだ?ビールとかにしなくて良いのか」
「フクちゃん、韓国料理には韓国のお酒だから」
「そうか。ならチャミスルにしよう」

 フクちゃん、もう付き合い長いんだから今だに私の言葉を全部素直に受け入れるのはやめた方がいい。嬉しいけれど、何の疑いもない所が心配になる。目の前に次々と運ばれてくる料理に目を輝かせる姿も可愛いけど、その素直さが時々心配になるのは嬉しい悩みなのだろうか。
 とりあえずソーダ割りで頼んだマスカット風味のチャミスルで乾杯。時々、食べ方のレクチャーをしながら他愛もない日常会話を交わす。仕事の愚痴も友達の話も、映画やドラマの話もフクちゃんは真剣にいつだって聞いてくれる。それこそ、くだらない話でも付き合ってくれるフクちゃんは口数の多い人ではないけれど、とても聞き上手だ。昔から悩み事を一方的に喋ったとしてもフクちゃんが最後まで聞いてくれるし、私を信じてくれるのはわかっているから、気がつくと頭の中がすっきりとするのだ。物心ついた時から、多分それはもうずっと変わらない。

「美味いな」
「でしょう?あ、フクちゃんタレがこぼれる」

 サンチュでお肉を包んで食べたフクちゃんの目が輝く。私は多分、この瞬間が一番好きだ。フクちゃんが初めて経験する事、食べる物に見せる喜びの反応がたまらなく好き。いつもより食べるペースが早い事も、呑むペースが早い事も、彼が気に入った事が無言でも伝わってくる。フクちゃんが私のお気に入りの物を好きになってくれる度に、一緒に過ごす時間に幸福が積み重なっていく。

「モチモチだな。甘みがあるのに辛い」
「お酒、進む味だよね」

 旨辛い料理とさっぱりした飲みやすいチャミスル。トッポギに箸を伸ばしたフクちゃんがあんまりにも嬉しそうに食べるから、ついお肉を焼くペースも早くなるし追加の注文もペースが上がる。チャミスルに気をつけろって言ったのは自分だったはずなのにフクちゃんのフードファイト並の食べっぷりに合わせて呑んでいたら、気付いた時には目の前のフクちゃんの顔が真っ赤になっていたし、私も頭の中がぐるぐると回っていた。フクちゃんはお酒に酔うと口数が増えるから、それがペースダウンの合図のはずだったのに、今日は私も飲みすぎてしまったかもしれない。

「ナマエ、聞いてるか」
「聞いてるよ。私がフクちゃんの話、聞かなかった事なんてある?」
「いや、割といつも聞いていないと思うが」
「そんな事ないよ、一言一句聞き逃さないように向き合ってるもん」
「そうか、ならちゃんと聞き逃さずに聞いてくれ」

 頭の片隅で二人ともベロベロだな、と自覚する反面、行動は伴わずにフクちゃんの顔をじっと見つめる。酔って潤んだ瞳に私しか映したくなくて、どんどんと顔を近づければテーブルに膝が当たった。テーブルの上は綺麗に空のお皿が並んでいた。

「オレが一番大切なのはナマエだ」
「私もフクちゃんが一番大切だよ」

 キリッとした顔で割と恥ずかしい事を言い切ったフクちゃんに隣のテーブルから視線を向けられた気がしたけど、気にしてはいけない。私が聞くべきはフクちゃんの言葉だけだから。

「ナマエはいつもオレの知らない事を教えてくれる」

 フクちゃんがいつもするみたいに、私もコクリと頷く。いつもより甘い声に聞こえるし、ふわふわと音も言葉も心地良い。

「オレは知らない事が多いから、教えてもらうことばかりだ」
「そんな事ないよ。私もフクちゃんに教えてもらう事が多いよ」

 空になったグラスの水滴を指先で拭いながら、フクちゃんは嬉しそうに笑う。お酒によって、いつもより下がった目尻と甘い視線。とろけるような笑顔すら浮かべるフクちゃんの顔をうっとりと見つめていると、空気を読まなかった店員からラストオーダーの声をかけられて、下がった眉毛がキリッと戻る。

「ラストオーダー、頼むか?」
「あ、もう会計するんで大丈夫です」

 長年の私の勘が囁いている。今日のフクちゃんはいつもより糖度が高い。甘い言葉も蕩けた視線も見知らぬ周りの客に共有してあげる義理はないし、騒がしい店内で聞き漏らすわけにもいかない。グラスの中の残りを飲み干すと、勢いよく立ち上がれば、フクちゃんもコクリと頷いた。差し出された手を繋いでお店を出ると、冷たい風が熱くなった頬に心地良い。

「ナマエ、寒くないか」
「フクちゃんが一緒だから平気だよ」
「そうか。いつでもオレを風除けにすれば良い」

 フクちゃんは相当酔っているかもしれない。真顔で後ろにつけ、と言われたけれど今日はロードバイクじゃなくて徒歩だ。私も頭が回っていないのか、なぜか二つ返事でフクちゃんと腕を組んで向かい風の中を歩き出す。

「ずっと一緒にいようね」

 願うように、祈るように、暗い夜空を見上げながらフクちゃんの腕に頬を寄せるとフクちゃんが不意に足を止めた。見上げれば白い吐息を吐き出した唇が、不意に額へと押し付けられる。

「プロポーズくらいはオレから言いたいから、もう少し待っていてくれないか」
「…………フクちゃん?」
「ずっと一緒にいたいのはオレも同じだ」

 目を細めて優しく笑ったフクちゃんの顔。赤く染まった頬はお酒のせいだけど、そんなに酔ってしまったんだろうか。意識していなかったわけではない、フクちゃんとの結婚。思わず酔いすら一瞬で覚めそうな衝撃に耐えかねて、優しく微笑むフクちゃんの頬に両手を伸ばして挟み込むと私だけを見て彼は笑った。

「今なら、良い旦那になれると思う」

 おままごとで「あぁ」と「そうか」しか言えなかったフクちゃん。愛してるも好きも言ってくれないから「フクちゃんのバカ!おままごとへたくそ!」と泣いて怒った子供の頃の私に教えてあげたい。ずっと隣にいてくれる彼は、私だけの運命の人だから絶対に手を離しちゃ駄目なんだよ。

「ねぇ、フクちゃん。明日の朝起きても今の話、覚えていなかったら本気で泣くからね」
「ナマエに泣かれるのは困る」

 手を繋いで、指を絡めて、恋人繋ぎをして。二人でふらつく足取りで帰り道を歩けばどちらからともなくお互いを支えているつもりになる。

 ねぇ、フクちゃん。私もフクちゃんのこと、守れるぐらい強くなるから、もっともたれかかってくれても良いんだよ。
 
- 14 -
[*前] | [TEXT] [次#]
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -