黒田雪成生誕祭2024

 お菓子作りに重要なのは愛情よりも正しいレシピと正しく計量した材料。けれど、やっぱり1番必要なのは指示された工程を正しく作り上げるスキルとセンスだと思う。計量の時点で舞い上がった粉にむせれば、カウンターの向こうで雪成が声を殺して笑っていた。

「ユキ、笑わないで」
「笑ってねーよ。出来上がりが楽しみだなぁと思ってるだけ」

 くっくっ、と喉を鳴らして笑う雪成の見え透いた嘘。お菓子作りの得意な友達からは「大体で大丈夫だよ」なんて軽く言われたけれど、どう考えてもその加減が私にはわからない。SNSで調べた誰でも簡単に出来るケーキは何度も練習したけれど一向に上達しないし出来栄えは微妙。味はも微妙で見た目もいまいち。スポンジは6割の確率で膨らまないし5割の確率で半生か焦げている。レシピ通りに作っているはずなのに、完成形を試食してもらった友達には「無理に作らなくても良いんじゃないかな?」なんて、さりげなく買うことを勧められた。生クリームのデコレーションはロードで配達でもしたのかと言われそうな見た目だし、それでも失敗作を重ねる度に周りへのお裾分けという名の被害が増える現状を聞きつけた雪成が嬉しそうに「誕生日ケーキ作ってくれるんだって?」なんて言うから、無理ですなんて言えなくなってしまった。

「期待しないで、って言ったじゃん」
「最初から期待してねぇから気にすんな。食えるモノしか入れてねぇだろ?」

 高校生の頃から見覚えのある雪成の意地悪な言い方に思わず頬を膨らませれば、雪成は楽しそうに笑ってスマホを向けてくるから腹が立つ。私の家庭科の成績が足を引っ張り続けた事を知っている恋人は、物珍しそうにケーキ作りに勤しむ私を眺めている。高校時代、私の作った黒焦げのカップケーキを見て「ナマエ、これどうした?オープン爆破させたのか?」なんて心無い言葉を向けられて大喧嘩したのはずっと昔の事のように思う。
 スーツが似合うようになった雪成は持ち前の器用さと努力で割と大手の企業に入社したのが今年の四月。社会人になって初めての誕生日はどこかへディナーでも行けばよかったと半ば後悔しながら、粉をふるう。溶かしすぎたバターもダマになる砂糖も、何度も練習した筈なのにやっぱり上手くはいかなくて、四苦八苦しながらタブレットのレシピに視線を送れば、雪成は私の手元を見つめながら、優しい声色で笑うから期待に応えたいと思ってしまう。
 
「ナマエがケーキ作るなんて、明日は雪が降るかもなぁ」
「……天気予報は曇りだったよ」
「でも冷えるらしいからわかんねぇよ」

 時々、会話の途中で聞こえる音に邪魔をされながら、なんとか工程を進めていく。これ、今まで作った中で1番危険な予感がするのは気のせいではないかもしれない。

「もう、写真とらないで!ユキのバカ!」
「ケーキ作るナマエなんて、この先いつ見れるかわかんねぇから記念だよ、記念」

 ケラケラと笑う雪成はカウンター越しに眺めていたのに、待ちくたびれたのか見ていられなくなったのかはわからないけれどキッチンの中へと入ってくる。雪成は私の背後に立つと、手元を覗き込むみたいに肩に顎を乗せてくる。印象よりも大きな手が不意打ちでお腹に回されて密着する体は、いつもよりも距離が近くてなんだか恥ずかしい。

「苺、一個食ってもいい?」

 いつもよりも甘い雪成の声。スポンジの間に挟む用に切っていた苺は不揃いで厚さもバラバラで。自分の不器用さに溜息をつきながら、雪成を振り返る。薄く開いた唇と、お腹に回したままの大きな手。まるで鳥の雛みたいにパクパクと催促している形の良い唇。
 雪成らしくない、と思った刹那。待ちくたびれたのか、雪成の唇がちゅ、と軽い音を立てて私の頬に触れる。え、そういう事する人じゃないのに。

「……やっぱり明日は雪が降るかもしれない」
「あ?なんで?」

 まだ苺を諦めていない雪成の唇に、一際分厚く切ってしまった苺を押し込めば、甘酸っぱい香りが鼻をくすぐる。いつもの雪成じゃないみたい、なんて意地悪のお返しを言おうと思ったものの、甘える雪成がレアすぎて回された腕が解かれてしまうのが名残惜しくて口を閉ざす。
 ただでさえ苦手なお菓子作りに175センチの男を背中に張り付かせたままの作業は困難を極めて。どう考えてもスポンジがうまく焼ける気はしなくて、なんとか型に流し込んでオーブンへ押し込めた所で大きな溜息が溢れた。

「……上手く焼けなかったら、背中に張り付いてたユキのせい」
「まぁ、生クリーム塗ればなんとかなるだろ。ダメなら来年リベンジすれば?」

 ナマエが手作りのケーキを作る日が来るなんて思ってなかったんだよなぁ、なんてしみじみ笑う雪成は思わずこっちが赤くなってしまうくらい幸せそうな顔だった。思わず釣られてニヤけてしまった顔を見られたら恥ずかしいのと悔しい気持ちでいっぱいになったから、そのまま振り返って思いきり雪成を抱きしめる。

「ユキ、誕生日おめでとう」
「あ?まだケーキ焼けてねぇけど、フライングすぎるだろ」

 ぎゅっと抱きしめたら、ふんわり甘いケーキの香りとすっかり慣れてしまった雪成の香りに頬が緩む。当たり前に来年の誕生日も一緒に過ごすつもりの雪成が、今日はいつもよりもずっと甘くて優しく思えるのは、彼が一つ大人になったからなのかもしれない。 
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