寝顔を見ていたい

 スマホのアラームが告げる目覚めの時間。どんなに目覚めが悪くとも、せめてコーヒーぐらいは飲む事を目標にしたものの、割と遅くまで仕事をしている兄貴と暮らす事で、世話をかけている分、朝食くらいは用意してみようと思ったのが一年半前。いつの間にか習慣化した朝食の用意の為に早めに鳴らしたアラームを止めれば、いつもよりもベッドの中が暖かい事に昨夜の記憶が蘇る。

「……夢じゃなかったショ」

 ふわふわの毛布を少しだけ持ち上げれば、モゾモゾと動く塊に思わず口角が上がる。柔らかい髪を掬えば、寝返りを打ったナマエがあどけない顔で眠っていた。

「1人でよく来れたよなァ」

 兄貴は1週間、出張で家を空けている事を思い出して、アラームはいつもの時間にかける必要はなかった事に苦笑する。毛布を持ち上げた事でナマエの白い肩が露わになったが全く目覚める気配のない寝顔が無防備すぎて、思わず白い肌に指先を滑らせた。

「ナマエ」

 柔らかい髪を撫で付けて、昨晩と同じ様に恋人の名を呼ぶ。一瞬、ふにゃりと浮かんだ笑顔は高校の頃と少しも変わらない様に思えて、懐かしさと愛しさが込み上げる。
 大学の冬休みと合わせて、ナマエがイギリスにやって来たのは昨日のこと。飛行機もあまり得意ではないから緊張すると話していた数日前を思えば、無事にこうして到着した事に安堵せずにはいられなかった。

『緊張すると、すぐにお腹痛くなるんだよね』

 眉を寄せながら困り顔で呟くナマエが不意に脳裏に浮かんで、懐かしいブレザー姿に高校の記憶だと認識する。もう、あれは二年ほど前の記憶だろうか。昨日、空港でオレの姿を見つけたナマエが駆け寄って来た時に柄にもなく人前で思いきり抱きしめてしまった事は、場所がイギリスだったからだと思いたい。ナマエから抱きついて来た癖に、こっちが思いっきり抱きしめ返したなら、恥ずかしくなって顔が上げられないと言われた時には思わず声を上げて笑ってしまった。
 思い出しただけでもトマトみたいに赤くなった恋人の姿は頬が緩むし、今ですらクハッと吹き出してしまった。目の前で無防備にすやすやと眠るナマエはオレが朝から1人で百面相をしていることなんて知りもしないし、知られたくもないと思う。ついでに言えば、金城達にもバレたくはない姿でもある。
 ナマエの首元まで毛布を引き上げて、一瞬先に起きるべきか迷いながら、サイドテーブルに放り出した旅行雑誌に視線を止めた。ナマエのスーツケースから出て来たイギリスの雑誌には大量の付箋が付いていて、美術館やカフェのいかにもナマエが好きそうな場所がチェックしてあった。距離的にも日程的にも厳しい場所もあったが、目をキラキラさせて期待していた顔を思い出せば、出来るだけの願いは叶えてやりたいと思う。
 柔らかい髪に触れながらも、先に起きて朝食の準備をしてやろうと思ってはいるのに体が素直に従わない。平気だ、大丈夫だと昨晩は強がっていたナマエも、実際は時差や移動を思えばそれほど早くは目覚められないだろう。まぁ、早く寝かせてやらなかったオレにも原因はあるのは分かってはいたけれども。

「……ナマエ」

 声をかけて目覚めそうなら、ナマエの好きな紅茶を用意するのも良い。柔らかい髪を撫で付けて、顔を寄せて愛しい名を呼べば、ナマエの眉がピクリと揺れる。

「ん、ゆーすけ……?」

 寝ぼけた舌足らずな甘えた声。一瞬だけ開いた瞳がオレを見つめて「会いたかったよ」なんて笑う。

「っ……反則っショ」

 寝ぼけたまま、シーツの上をポンポンと叩く手はどう考えても無意識にオレを探しているようにしか見えなくて。オレの顔を見て安心した様に、そのまま眠りに落ちる姿はどう転んでも可愛いとしか思えない。

「まぁ、まだ日にちはあるから今日ぐらい、のんびりするのも悪くないっショ」

 どれだけ独り言を呟けば気が済むのかと自分に問いつつ、ナマエの側に近付いて毛布を肩まで引き上げる。無意識にすり寄ってくる体をぎゅっと抱きしめれば、懐かしい匂いと感触に、どれだけ自分が癒されているのかを思い知らされる。
 早く起きて、色々な場所に連れて行ってやりたい、ナマエの喜ぶ顔が見たいと思った気持ちに陰りも嘘もないけれど。

「……もうちょっと、寝顔眺めてるのも悪くないっショ」

 久しぶりに見つめる愛しい恋人の寝顔に触れるだけのキスを一つ。今日は心ゆくまで幸せそうな寝顔を眺めていたいと思った事は、ナマエが起きても黙っておこうと思う。
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