葦木場君と過ごす大晦日

 二人で選んだロフト付きのメゾネット。雰囲気が好きで引っ越したばかりの頃は秘密基地みたいで楽しくて。けれど実際に生活を始めると、階段は疲れた仕事帰りにはつらいし、ロフトは背の高い拓斗には不便すぎた。
 初めての二人での年越しはギリギリまで私が仕事だった事もあって、大掃除は大晦日に持ち越してしまった。それなりに普段から掃除はしているつもりでも、いざ始めてしまうときりがない。背の高い拓斗は私の手が届かない場所も簡単に拭いてくれて嫌な顔ひとつしないから、ついあれこれと頼んでしまった。
 やり始めたら、ついムキになるのは私の悪い癖で。時計を見たらいつの間にか夕方になっていた。大掃除も妥協が必要だと自分に言い聞かせながらキッチンを片付けていると、ベランダから外側の窓ガラスを拭いてくれた拓斗が肩をすくめてリビングに駆け込んでくる。

「ナマエちゃん、寒い!凍えちゃいそう!」
「寒かったよね、ごめん」
「手、洗ってくるから。ちょっとだけ、ぎゅーってさせて」

 少し赤くなった鼻をすすりながら廊下へと飛び出していく少し丸めた大きな背中。言葉通り、すぐに戻ってきた拓斗が背中からぎゅっと抱きついてくる。シンクの掃除をしていたから両手がまだ泡だらけで、労うことも応えることも出来なくて少しもどかしい。お腹に回った大きな掌がくすぐったいけれど、ぴったりとくっついた体がひんやりしていて外気温の冷たさを物語っていた。

「ありがとう。窓も綺麗になったから、なんだか部屋が明るくなった気がする」
「ナマエちゃんもキッチンの掃除ありがとう。もう、終わる?」
「うん。丁度そろそろやめようかなと思ってたところ」

 大きな掌がシンクのお湯を出して、優しく泡を落としてくれる。指の間に滑り込む拓斗の長い指は外気にさらされていたから冷え切っていた。

「拓斗の手、冷たい」
「ごめん、ナマエちゃんも冷えちゃうね」

 振り返って見上げれば、眉毛を下げて申し訳なさそうに笑う拓斗は優しい。そんな意味で言ったわけじゃないのに、私の手を優しくタオルで拭くと、外の窓ガラス掃除で冷え切っていた両手をパーカーのポケットの中へ隠してしまった。

「何か、あったかいもの淹れるね」
「うん。ありがとう。そういえば何にも考えてなかったけど、お夕飯どうしようか」

 コーヒーメーカーにセットしながら、出来上がるまでの間に狭いキッチンでぎゅっと拓斗の体を抱きしめる。部屋の中はエアコンで温まってはいるけれど、芯から冷え切った拓斗はきっとまだ寒いのだと思う。
 ポケットの中に隠してしまった冷たい両手を無理やり引っ張り出して、自分の両頬へと押し当てる。思っていた以上の冷たさに思わず首をすくめれば、拓斗は申し訳なさそうに腕を引こうとしたから、無理やり引き留めた。

「……いいの。このままで」

 ちょっとずつ私の体温が拓斗の掌へと移っていくみたいに温まればいい。まだ逃げようとする両手を押さえながら、半分睨むみたいに見上げれば、拓斗の困った顔。眉毛を下げて、ちょっと情けない顔をした高身長の彼がゆっくり甘えるみたいに身を屈める所がとても好きだと思う。

「ナマエちゃん」

 拓斗の好きな所は優しく名前を呼んでくれるところ。顔が近づくと一段と甘く聞こえる声も好き。触れそうな唇に応えるように背伸びをすれば、柔らかい唇な押し当てられたのは額。

「砂糖なしの牛乳多めだよね?」
「え?あ……うん」

 ちゅ、と軽いリップ音をたてて額から離れた拓斗の唇。優しく名前を呼ぶのも、時々意地悪を言うのも、たまにこうして空気が読めない事を言うのも、拓斗らしいといえばそれまでだけれど。
 私を抱きしめたまま、冷蔵庫へと歩いて牛乳パックを手に取った拓斗が冷蔵庫の中のラインナップを見て、キラキラと目を輝かせるから思わず可愛いと思ってしまった。

「焼き豆腐に牛肉……もしかして、今日ってすき焼き?」

 ぱあっと頭上で咲く花のような拓斗の笑顔。いつもより値段の高いお肉を見て嬉しそうな顔を見ると、やっぱり男の人なんだなぁと思った。あまりたくさん食べる人ではないと思っていたけれど、今日はご飯も少し多めに炊いた方がいいのかな、なんて思ってみたり。
 鼻歌まじりに上機嫌になった拓斗を背中に張り付かせたまま、コーヒーをマグカップへと注ぐ。牛乳を自分のマグカップには多めに入れてから、拓斗の袖を引く。絡めた指先はもうじんわりと暖かくなっていた。

「……拓斗」
「なぁに、ナマエちゃん?」
 
 さっきの額のキスじゃ不満なんですけど、と思いながら袖を掴んだ手を拓斗の体へと回す。正面からぎゅっと抱きしめながら見上げれば、きょとんとした顔がずるい。

「カフェオレ、冷めるよ?」
「どうせ熱いと飲めないから、まだいいの」

 熱っぽく見つめているつもりなんだけど、びっくりするぐらい伝わらなくてびっくりする。しばらく、されるがままになりながら頭を撫でていた拓斗が不意に思いついたみたいに、ニコッと笑う。

「ナマエちゃん、して欲しいならちゃんと言ってくれないと」 
「……言わなくてもわかって欲しいから」

 素直にキスして、なんて言えるはずもない事をそろそろ理解して欲しいなんて思いながら。もう一度、背伸びをすれば拓斗の掌が肩を優しく掴む。ゆっくり目を閉じて、優しいキスを待てば、なぜかくるりと体が反転した。

「え?」
「肩凝りで頭痛くなるって言ってたもんね」

 優しく笑う声が耳元に。長い指が丁度、凝り固まった背中と肩を優しく揉みほぐしてくれる。気持ちいいけど、そうじゃない。今じゃない。

「今年も一年、お疲れ様でした」

 優しく労う声と頬へのキス。それから優しいマッサージ。ちらっと振り返れば、自分は何一つ間違ってないと言わんばかりの笑顔を見れば「そうじゃない!」とは言えなくて。

「……今日の夜は目玉焼きにする」
「なんで!?どうみてもすき焼きの材料いっぱい入ってたよね?え、疲れちゃった?オレ、作るよ?」

 今年、最後の大ボケをかましてくれた愛しい恋人からの、必死にすき焼きを食べようアピールを背後で聴きながら。そろそろ飲み頃になったカフェオレを恨めしげに見下ろす。素直になれないもどかしさ。素直すぎる彼が相手だからこそ、余計にそれがもどかしい。

「……来年頑張ろうかな」
「え、すき焼きを?」
 
 多分、拓斗の頭の中はすき焼きでいっぱい。優しく揉みほぐしてくれる肩からじんわり優しさが伝わってくるのに、一緒に住んでいるのにうまく甘えられない自分がもどかしい。

「とりあえず休憩しよ」
「ナマエちゃん、夕飯って本当に目玉焼きじゃないよね。違うよね?」

 コーヒーのマグカップを片手に不安そうにこたつへと入る拓斗。綺麗に掃除してもらった窓ガラスを眺めながら、もうとてもキスしようなんて言える雰囲気はないから、来年また頑張ろうと私が決意しているなんて、すき焼きに心奪われた彼は気付いてもいないのだろう。
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