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隼人君と修学旅行

 3泊4日の修学旅行。新開君と同じグループになったのは偶然ではなく裏工作という努力の結果。いい加減告白しろという友人達からの無言の圧力を感じながらも、これまで平静を取り繕いながら告白のチャンスを何度も狙ってきたけれど、新開君と目が合った瞬間に毎回、脆くも決意は崩れ去ってきた。
 割と仲は良いと思う。多分、嫌われてないし一緒にいる時間はとても楽しい。良く言えばいい友達で、悪く言えば恋愛対象になっているかは微妙なところ。修学旅行のグループで男女混合の組み合わせになった時に「お、ミョウジ一緒なんだ。楽しく過ごせそうだ」って言われた意味を聞き返せなかった時点で少し失敗したと思った。
 でも、好きという感情を見せなければ、この笑顔が曇ることはないと思ってしまえば、なかなか踏み出す一歩に勇気が出ない。
 例えば、今も。絶好の二人きりのチャンスが訪れているのは分かっていても、告白なんてやっぱり出来ないなと諦めている自分がいる。
 
「ミョウジ、見てみろよ。でっかいなぁ」
「うん。こんなに大きな水槽初めて見た」

 新開君はにっこり笑うと優しい瞳を私から外して、巨大な水槽へと視線を向ける。ゆらゆらと泳ぐ大きなジンベエザメを見上げれば、新開君が「もっと近くにいこうぜ」と、私の腕を引いた。ガラスの向こうには珊瑚礁に色とりどりの魚達。一際目を引く大きなジンベエザメはゆっくりと時間を忘れさせるみたいに緩やかに泳ぐ。今年の箱根学園の修学旅行は青い海に白い雲が綺麗な、沖縄へ3泊4日。
 今日は2日目。なんの進展もない事を友人達から叱られつつ、半分逃げるように美ら海水族館の大水槽に目を奪われていたら、気がついたら周りに友人達はいなかった。慌てて周りを見渡せば、新開君が「みんなお土産見に行くって」と教えてくれた。男子達もいないから、新開君も置き去りにされたらしい。

「せっかく来たんだから、みんな、もっとゆっくり見れば良いのに」

 眉を下げて溜息をついた新開君は、真っ直ぐな瞳で水槽を見つめる。キラキラした子供みたいな無邪気な瞳。蟹がいる、とかエイの裏側って面白いよな、とか新開君が指を指すたびに、私の視線は翻弄される。

「え、蟹どこ?」
「あそこ。ほら、岩の影のところ」

 新開君の綺麗な横顔を時々、つい見てしまうから指を差して教えてくれてもすぐに反応出来なくて。見失ってキョロキョロと視線を泳がせれば、新開君が体を屈めて私の視界の高さに合わせてくれた。

「ほら、あっちだよ」

 思いがけず顔が近付いて、一歩後ろに下がりかけると新開君の大きな掌がそっと後頭部に触れる。頭の向きをそっと変えられて、彼が示す方向を見つめれば蟹が隠れんぼでもするみたいに見え隠れする。

「美味そう」

 こんな大きな水槽で、私達は何故か必死に蟹を探している事ですら面白いのに、新開君の呟きに思わず吹き出してしまう。身の危険を感じたのか、美味そうと言われた瞬間に岩影に飛び込んだ蟹と残念そうな溜息をついた新開君がおかしい。

「ねぇ、見て。あっちの魚も綺麗」
「本当だ。なんてやつだろう。食ったら美味いかな」
「どうかな。食べる所は少なそうだよ」
「あっちに説明ありそうだな。ちょっと見にいく?」

 新開君が水槽の端にある案内に気がついて、歩き出す。耳元で囁かれた声に思わず気持ちが焦ってしまって、慌てて追いかけたら何もないのに躓いてしまった。反射的に前にいた新開くんの腕を掴んでしまって、わざとじゃないのに引っ張ってしまった。

「ごめん!何もないのに、躓いちゃった……」

 かっこ悪い、最悪。とろい奴だと思われたら嫌だなんて思って、慌てて体勢を整えれば、そのまま腕が差し出される。

「そのままでいてよ」
「……え?」

 新開君は視線をまたジンベエザメに向ける。こっちを見てはくれないから、どんな顔をしているかはわからなかった。

「そのまま掴んでいて?」
「あ……はい」

 なんで、とかどうして、とか。聴きたい言葉は山ほどあるのに、何も聞けずに思わず素直に掴んでしまった。でも掴んだのはブレザーの端っこ、中途半端すぎる。

「オレ、ミョウジに話したいことあったんだけどさ」

 新開君のブレザーの端を掴んだまま、半歩後ろを歩く。並びたいけど、多分真っ赤になっているであろう顔を見せるわけにもいかなくて、この位置からは新開君もどんな顔をしているかはわからなかった。

「……話したいことって?」

 思わず震えてしまった声を情けないと思いつつ。ゆっくりした足取りで歩いてくれる新開君の背中を見つめる。このまま、もう少し二人でいられたら、なんて思った瞬間、新開君が足を止めた。

「……修学旅行の間には話すよ。でも、とりあえず嫌じゃなければ、そのまま掴んでいて欲しい」

 少し上擦った声も、言葉の意味も都合の良い解釈をしてしまいたくて、心臓がぎゅっと痛くなる。恥ずかしさと期待と、ほんの少しの不安。もしかして同じ気持ちだったら嬉しいなと思いながら、お互い逃げるように向けた姿勢の先では悠々とジンベエザメが泳いでいた。

「本当、でっかいよなぁ」
「そうだね、なんだか見てると時間が経つのを忘れそう」

 掴んだ制服を離すタイミングは、多分もう少し先でもいい。いつもより少しだけ近くなった二人の距離。修学旅行が終わるまでに、何かが変わることを期待して、新開君の制服をぎゅっと握ったら、小さく跳ねたのは私と新開君のどちらが先だったんだろう。

 
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