あなたのことが好きな顔
たった一年、されど一年。一つ上の学年っていうだけでオレと彼女の距離が遠く感じる。学年が違うってことはナマエ先輩が教科書を忘れても貸してあげられないし、校舎も違うから廊下でばったりなんてのも可能性はゼロ。段竹にそんな寂しさを嘆いたら「当たり前だろ」って真顔で返されて、呆れられた。
だからお昼を一緒に食べる約束の日は猛ダッシュでナマエ先輩の教室に迎えに行くし、オレが彼氏だってナマエ先輩の同級生にアピールしたい。今泉さんなんてオレが彼氏だって知った時は真顔で「勘違いしてないか?大丈夫か?」なんて、言ってきた。赤くなった彼女の顔を見なければ今泉さんも信じなかったかもしれないけど、付き合ってるのは本当だし、なんなら告白した時に「私も好きだった」なんてめちゃくちゃ可愛い顔で言ってくれたの、大声で言いたかったけど後で怒られるのはわかっていたから我慢した。
だから、今日は約束の火曜日。ナマエ先輩と弁当を一緒に食べるのは火曜日と金曜日。授業の終わりを告げるチャイムが鳴ったら、猛ダッシュで3年生の教室へ向かう。最初はそれなりに勇気がいったけれど、1ヶ月も続ければ習慣になったし、先輩達も「鏑木がまた来た」ぐらいにしか言われなくなった。
「ナマエ先輩、お昼行きましょう!」
声を張り上げて三年生の教室の扉を開ければ、目が合った瞬間にナマエ先輩は呆れ顔。
「一差、うるさい」
毎回のように溜息をつく癖に、先輩は自分の目元が緩んでいる。少し赤くなっている頬も嬉しくて、自然と顔がニヤければ、ナマエ先輩はロッカーから小さなバッグを取り出すと足早にオレの所に来てくれた。
「今日は二分で着きましたよ!最短記録じゃないっすか?」
「あのさ、そんなに慌てて来なくていいから」
「え、オレが迎えにくるの嫌ですか?」
「……別に嫌じゃないけど」
口篭って照れた顔を背けたナマエ先輩は無意識なんだろうなぁ。ちょっとだけ早足で歩くと、ナマエ先輩はいつもオレの袖を軽く掴む。人目がある所では恥ずかしいからって絶対に手を繋いでくれない癖に、距離が開きそうになると「待って」って言ってるみたいに、袖を掴む。その仕草がめちゃくちゃ可愛くて、オレは好き。気付いているけど、気付かないフリをするのはやめて欲しくないからなんだけど、袖を掴まれたらナマエ先輩に合わせてゆっくり歩くように心掛けてる。
チラッと横目で形の良い頭を見て、内心ニヤニヤしたいけれど、出来るだけ顔を引き締めた。この前、段竹に言われたし。「もう少し顔のニヤつきを抑えろ、一差」って。ナマエ先輩と一緒にいる時の顔がどんな顔なんて自分にはわかんねぇし、先輩に聞いてもはぐらかされるし。
「だいぶ寒くなりましたねー。そろそろ場所、考えないとダメかもですね」
いつもの屋上で並んで座れば、陽射しは暖かいのに風は冷たい。出来るだけ風除けになれたらなぁ、なんて思いながらナマエ先輩に寄り添えば、触れた場所は暖かくて心地良い。指先冷たくないのかな、なんてそっと握ってみたら、柔らかくて指先までもがマジで可愛い。人目がなければ、ナマエ先輩が手を繋ぐのは嫌じゃないって知っているから、そのままぎゅっと握ってみたら「お弁当食べれないけど」なんて照れた困り顔。
「離せって言われたら、離しますよ?」
わざとナマエ先輩の顔の前で繋いだ手を振ってみる。溜息つく癖に、離せとか嫌とか絶対言わないんだよなぁ、ナマエ先輩は。
「……今度、お弁当作って来たら食べる?」
質問には答えない癖に、質問で返すのは多分照れ隠し。恥ずかしいのを隠すみたいに指先をノックするみたいに触れてくれるから、つい引き寄せてしまった。
「マジっすか!?え、手作りしてくれるって事ですか!」
思わず、思いがけない提案が嬉しくてはしゃいでしまう。「……大袈裟だなぁ」なんて笑った横顔が可愛くて、思わずそのまま顔を近づけたら、キスをされると思ったのか、慌てたナマエ先輩の掌がオレの唇を塞ぐ。
「あの、オレ的にはナマエ先輩がいいよ、って言ってくれるまで、キスとか待てるんで!」
年下だからってがっついてると思わないでくださいね!って抗議したら、みるみる耳まで赤くなった先輩の顔。この反応って、オレの事めちゃくちゃ意識してるって事なのかな、なんて思えば、もう少しだけ反応が見たくなる。
だって先輩、クールだし。いつも年上の余裕っていうか、オレの事可愛いって言うし。
「……一差がえっちな顔してたから」
キスをされると勘違いした事が恥ずかしかったのか、ナマエ先輩はオレの唇を両手で隠したまま、顔を背ける。オレの唇を押さえてるから、自分の顔隠せてないの先輩わかってます?めちゃくちゃ真っ赤になってますけど大丈夫ですか。
「どんな顔かわかんないっすけど、ナマエ先輩にしか見せないんで」
わざと顔を近づけて、ナマエ先輩の掌越しにキスをする。
「……一差の馬鹿」
悔し紛れの馬鹿という言葉はめちゃくちゃ消え入りそうな小さな声だったし、恥ずかしさで震える顔を見れば、オレと同じくらいにナマエ先輩もオレの事が好きなんじゃないかなと思ったら、嬉しくて幸せで腹ぺこなはずなのに、お腹がいっぱいに思えてくる。
たった一年、されど一年。年の差なんて忘れるくらい、先輩にはオレを意識して欲しい。
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