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君と分け合う幸せ

 ポッキーの日とかプリッツの日とかメーカーの思惑に乗る気はないけれど、ポッキーを両手に持って鼻歌してくれそうな彼の姿を想像したら似合いすぎて、世界がとっても平和に思えた。大体、11という数字には思い入れがありすぎる。高校時代、彼が背負った番号は11。箱根学園のエースだった葦木場拓斗が背負った数字だと思うと視界に入った『11月11日はポッキー&プリッツの日』なんて謳い文句を目にすれば釣られて手が伸びてしまった。山積みされたお菓子の箱を思わず二つ手にとったのは半分無意識で、ほんのちょっとは期待したせいかもしれない。

「あれ?珍しいね。お菓子買ってきたんだ?」
「うん。まぁ、安かったから」

 リビングでロードバイクの雑誌を読んでいた拓斗の前にポッキーの箱を置く。一瞬、ちらっとパッケージに視線を向けるとスマホで時間を確認した。ふっと緩む瞳が優しく笑うと、立ち上がって私の背を押す。

「コーヒーか何か、入れようか。せっかくナマエちゃんが買ってきてくれたから、おやつ食べようよ」

 その前に手洗い、うがいしてきてね、なんて子供に言い聞かせるような声で念を押される。キッチンで電気ケトルのスイッチを入れた拓斗は長身を屈めて引き出しをあける。

「ナマエちゃん、何がいい?」
「あったかいミルクティー」

はぁい、なんて間延びした緩い返事が返ってきて、思わず手を洗いながら顔を上げると、鏡の中の顔が緩んでいる事に気がついた。拓斗と一緒にいると、どうしても顔が緩んでしまう。イライラした時も「大変だねぇ」なんて優しい声で言われれば肩の力が抜けるし、大きな背中に抱きついていると大体のことがどうでも良くなってしまう。
 背が高い割に体重の軽い拓斗は決して抱き心地が良いわけじゃないけれど、大きな手も長い指も触れられていると暖かくて心地良いし、幸せだなぁなんて思える。

「拓斗は何飲むの?」
「オレはカフェオレかな。この前、買ったやつがあるし」

 キッチンに戻り、マグカップを並べている拓斗の右腕を持ち上げて隙間に収まる。そうされることが当たり前みたいな顔で拓斗は私を右腕で抱き寄せると、頭をぐりぐりと押し付けてくる。甘えるみたいな仕草が大きな体には不似合いだけれど、たかだか買物をして帰ってきただけなのに「おかえり」なんて嬉しそうにされるから悪い気はしない。
 スティックのカフェオレとミルクティーをマグカップに入れる拓斗が機嫌良く小声で何かを口ずさむ。昨日の夜、たまたまテレビの音楽番組で流れていたメロディーが拓斗の体に響くから心地良かった。

「ほら、熱いから離れてて?」

 オレが淹れるよ、なんて得意げな顔してるけどお湯を注ぐだけなのに。思わず、キリッとした顔とのアンバランスさで吹き出してしまったけれど、リビングに追い払われればカウンター越しに拓斗の顔を眺めた。

「お湯、入れすぎないでね?味が薄くなっちゃうから」
「大丈夫。1回失敗したから覚えてるよ」

 初めて拓斗がスティックタイプのミルクティーを入れてくれた時、大きなマグカップにお湯をたくさん入れすぎて味があまりしなかった。飲んだ本人が絶望的な顔で「美味しくない……」なんて机に伏せた時は、呆れてしまったけれど可愛いから許せてしまう。1番小さなマグカップがミルクティーを入れるのにはちょうど良い事に気付いた時は世紀の大発見ぐらいの勢いで教えてくれるから、知ってたよ、とはとても言えなかった。
 甘い香りと共にリビングに戻ってきた拓斗はお揃いのマグカップを私の前に一つおいて、向かいあって座る。ポッキーの箱をあければチョコレートの甘い香りがした。一本引き抜くと、当たり前みたいな顔をして口を開けて拓斗が待っているから思わず笑ってしまう。大きな雛みたいな拓斗の口にポッキーを差し出せば、全部食べ切るまで拓斗は指一本動かさない。

「久しぶりに食べると美味しいね。はい、ナマエちゃん」

 カフェオレを一口飲んで、ほっとひと息ついた拓斗はにこにこと笑うと私の口元にポッキーを差し出す。そういえば高校生の時も平気な顔して人前でそういう事する人だったなぁと思えば、変わらない彼の笑顔が愛しく思えた。

「……何か思い出し笑い?」
「え?そんな事ないよ」

 無意識に頬が緩んでいるのか、拓斗の指先が頬を撫でる。彼の手からポッキーを食べていると、なんだか餌付けされているようで気恥ずかしい。
 楽しいことも、嬉しいことも、寂しいことも、辛いことも。拓斗とこうやって、当たり前に分け合える時間は幸福でお腹の底から暖かくなっていく。

「今日、この後は何をしようか?」
「久しぶりにロード、練習してみようかな」
「え?本当?ナマエちゃん、全然練習してなかったけど、ちゃんと乗れる?」
「……だから、練習するんだってば」

 意地悪な言い方をした拓斗だけど、ロードバイクを私が乗れるようになるのは楽しみにしてくれているのを知っている。バランス感覚が悪すぎて、まだまだ一緒に走れるような状態じゃないけれど、いつかは拓斗の背中を追いかけてみたい思うのが小さな野望だ。

「じゃあ、これ食べ終わったら出かけよう?」

 高校生の時から変わらない、拓斗の優しい眼差し。右手にポッキーを持って鼻歌混じりに指揮者みたいな指の動きでふわふわと揺らすけど、多分歌っているのはなんとか交響曲でマニアックなクラシック。
 11番のゼッケンを背負う前から、彼の事が好きで、今もその気持ちは少しも色褪せない。色んな感情も思い出も、これから先もシェアしていきたいと思うから、上機嫌な拓斗の手を捕まえて引き寄せる。

「ちゃんと教えてね。置いていかないでね?」
「当たり前だよ!大丈夫だよ!」

 置いて行った事なんてないよ!なんて満面の笑みで笑う拓斗。だけど、先月一緒に乗った時に「メトロノームダンシングを見せて?」ってお願いしたら、あっさり3キロくらい置き去りにされた事、私は忘れてないから今日はちゃんと戻ってきてね。

 
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