おやすみ、また明日

 触れ合う温度が心地良くて、優しく髪を梳いてくれる指先が愛しくて。拓斗と寄り添って眠る前の、静かに語らう時間がとても幸せだ。
 どんな時も拓斗は面倒くさがらずに、私の話を聞いてくれる。相槌を打ちながら「ナマエちゃんはえらいね」「ナマエちゃんは頑張ってるよ」なんて、優しい声で言ってくれる彼に甘えてしまっている自覚はある。
 仕事の愚痴も、友達の話も、今日あった楽しかった事も、悲しかった事も。拓斗の腕に包まれながら私が言葉にするのは、いつもほんの些細な事。変わり映えのしない小さな狭い日常の話。

「拓斗は?今日はどうだった?」
「ん?オレは今日ねぇ、ナマエちゃんの作ってくれたお弁当、食堂で食べてきた。ハートの卵焼き、可愛いねってみんな言ってたよ」
「他のおかずはレトルトばっかりだから他に褒める所なかったんだよ」

 SNSで見かけるようなオシャレで栄養たっぷりのお弁当からは程遠い可愛げのない殺風景なお弁当。いっそ外食した方が健康に良さそうなのに、拓斗は嬉しそうに一面茶色だったり、下手をしたらおにぎりとミートボール一袋とか最低のお弁当の日でも嬉しそうに笑ってくれる。

「オレはナマエちゃんが作ってくれるだけで嬉しいからいいの」

 ミートボールも好きだよ、なんて優しい顔で笑うから、せめて卵焼きくらい可愛くしたいなんて柄にもなく思ったのも全部バレているのだと思う。
 寝かしつけるみたいに背中に優しく触れる掌も、甘やかすみたいに額にキスしてくれる優しい唇も。目が合えば、いつでもにこにこ笑ってくれる微笑む瞳も、一緒に暮らすようになって、拓斗の甘さはすっかり日常に溶け込んでしまった。

「……ほんと、甘やかすの上手だよね」
「そう?その割にナマエちゃん、甘えるの下手だけどね」

 困った顔で笑う拓斗のLINEのアイコンは仕事が終わってスマホを見た時には、ハートの卵焼きになっていた。思わず嬉しくて、恥ずかしくて、更衣室で座り込んだら周りからは「大丈夫?」なんて、心配されてしまった事を話したら、嬉しそうに笑われて。あんまり優しい顔で笑うから、恥ずかしくなって広い胸元に顔を押し付けて隠れたくなる。

「ナマエちゃんのアイコン、オレが作ったタコさんウインナーだからオレも真似してみた」

 卵焼きとウインナーのアイコンが交わす会話はシンプルで。「今から帰るね」とか「何か買って帰る物ある?」とか、そんな些細な日常のやりとり。
 一緒に暮らし始めて、もうすぐで半年。同棲する前は待ち合わせ場所は間違えるし、ひどいと日にちを間違えられていたりとか、お互い喧嘩もしていたのが嘘みたい。拓斗はスマホをあまり持ち歩かないから、連絡がつかなくなる事はいつもの事で、本当は他に好きな子がいるのかな、なんて思った事もあったっけ。

「……ナマエちゃん、眠たい?」
「ん?まだ、大丈夫」

 不意に握られた掌が温かい。長い指がそのまま絡みついて、優しく指の腹が手の甲をさする。ぴったりと寄り添った体は大きくて、微かに甘い香りが心地良い。私のシャンプー、勝手に使ったんだろうなぁと思ったけれど、同じ香りが重なるのは嫌いじゃない。

「ナマエちゃんが眠たい時は、すぐオレにはわかるよ」

 ふふん、なんて自慢げに笑う拓斗の甘い声は心地良い。お願いしたら鼻歌も歌ってくれるだろうし、子供みたいに何かお話して、なんてお願いすれば童話の一つでも真顔で話してくれそうな、優しい所がとても好き。

「どうしてわかるの?」

 同棲して初めて知った事はお互いにたくさんある。バレたくないから内緒にしていた事もある。でも、知らなかった何かを見つける度に嬉しくて、好きな気持ちはどんどん大きくなっていく気がした。

「えー、内緒かなぁ」

 オレだけの秘密だから、なんて意地悪な声が耳元で聞こえて。握り込まれた私の指先は拓斗の耳朶へと押し当てられる。柔らかい髪と柔らかい耳朶。思わず、誘われるみたいに耳朶をふにふにと触っていると、瞼が重くなってくる。昔から寝つきは良かった。寝れなくて悩んだ事はあまりなくて、人から羨ましいと言われる事が多かった。秋になって、ほんの少し夜は涼しくて。ぴったりと寄り添って眠るには心地良い季節。

「……おやすみ、ナマエちゃん。また明日ね」

 会話が途切れて、指先から伝わる優しさを噛み締めたら瞼は自然と帳を下ろす。優しく抱きしめられながら耳元をくすぐる拓斗の声は一日の疲れを癒してくれて、今夜も優しい夢を見せてくれる事を私は知っている。

『眠たくなると、ナマエちゃんの手はぽかぽかに温かくなるんだよ』と拓斗が答えを教えてくれるのは、これから少し先、私と彼が家族になった未来の話。
 
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