幼馴染と黒尾くん

 たまの部活休みで、ベッドに転がってウトウトと寝かけていた夏休み。課題はやる気にならなくて、まぁまた今度でいいかなんて見ないフリをした。
 ぼんやりとネットニュースをスマホで眺めながら、もういっそ昼寝でもしてしまおうかと思った矢先。スマホに送りつけられたのは泣き顔スタンプ。
 幼馴染のナマエが好んで使う黒猫のスタンプの後に続くメッセージは『鉄朗、助けて!』のメッセージ。
 トーク画面を開いて既読を付けた瞬間、次のメッセージが飛んでくる。メッセージを返す前に次から次へと送られるメッセージとスタンプに思わず苦笑いを浮かべれば、『家の鍵がなくて入れない!』なんて間の抜けたメッセージを見て吹き出してしまった。

「もしもーし、ナマエ何やってんの?」
『家の鍵忘れてきちゃったの。お母さん達出かけてて、家に入れない!助けて!鉄朗!干からびるー!』

 通話ボタンを押せばほぼワンコールでナマエの情けない声が聞こえる。遠くに聞こえる蝉の声に負けないぐらいの助けを求める声に、何となく嫌な予感がしてベランダに出て道路を見下ろせばナマエが立っていた。幼馴染のナマエの家は、三件隣。バカみたいに人懐っこい笑顔で手をぶんぶんと振っている姿は小学生の頃にも見たような気がした。

「あー、玄関開けるから、ちょっと待ってて」
『部活でいないかなと思ったんだけど、鉄朗がいて良かったー!』

 安堵したような溜息の後にプツリと途切れる通話。相変わらず自由人だと呆れながら階段を降りる。エアコンの効いた部屋を出れば、家の中でも熱気で肌がすぐに汗ばんだ。

「鉄朗、ありがとうー!」
「はいはい。とりあえず暑いから入んな」

 玄関を開ければ、真っ赤になったナマエの顔が破顔する。いつから外にいたのか、なんでそもそも鍵を持って出ないのか。

「……アイスでも恵んであげましょうか?お嬢さん」
「ほんと、鉄朗のそういう所好き!」

 勝手知ったる他人の家。ナマエはニンマリと笑うと軽快な足取りで二階へと駆け上がる。当たり前に向かうのはオレの部屋。オマエ、高校生になってそれはちょっと警戒心が薄いんじゃない?と思いながらも制服のスカートを翻す後ろ姿に溜息をついた。
 冷蔵庫から冷えた麦茶のペットボトルを二本片手でつかんで、ついでに冷凍庫からコーヒー味の二本入りアイスを取り出す。すでに階段にはナマエの姿はなくて部屋を開ければベッドの上で伸びていた。いや、警戒心無さすぎて心配になるんですけど、お嬢さん。

「ナマエ、今日部活?」
「うん、ちょっと顔出してきた。男子バレー部いなかったから、珍しいなと思って」
「まぁ、たまたま休みだったんだけどね。オレより研磨の方が家にいる確率高いと思うけど」

 冷えたペットボトルを赤くなった頬に押し当てれば、緩む表情。ガキの頃から変わんねぇな、なんてのは言い訳で幼馴染はいつの間にか女の顔に変わっていた。高校入った頃だっけ。随分、女らしくなってナマエさんの幼馴染というポジションのオレは随分とナマエについて同級生や先輩の男子から色々と聞かれたものだ。

「だって、研磨に連絡したらゲームの途中で邪魔すると怒るもん。鉄朗なら絶対助けてくれるって思って」

 なに、その信頼。殺し文句。人の気持ちも知らないで本当にこの子は何言ってんの。

「熱中症になる前に保護できて良かったよ。ほら、アイス食っとけ」
「ありがとうー!もう、ほんと暑くてダメだと思った」

 少し歩けばコンビニも図書館もある。そんな中で1番にオレのとこに電話掛けてくるとか単純すぎて心配になる。

「あのね、オレも男だからもう少し気をつけてくれない?」
「何を?」

 差し出したアイスを咥えて、オレの枕を膝に抱えるナマエ。オマエ、それどこにいるかわかってる?
 ギシリ、と音を立てるベッドに背中を向けて半分に分けたアイスを咥えれば、ナマエがオレの髪に触れるのがわかった。

「相変わらず、寝癖すごいね」
「触んないの。崩れるから」
「寝癖が?」
「そう。毎朝セット大変なんだよ」

 枕で挟むだけなのに?なんて、ケラケラと笑う明るい声。背後から近寄ってきたナマエの太腿が肩に触れる。あー、もう人の気も知らない無防備な幼馴染は本当に厄介な事この上ない。このままもたれてやろうか、なんて思った瞬間、頭を引き寄せられて慌てて飛び起きた。

「ちょ、何やってんの!?」
「え?疲れてそうだからマッサージしてあげようと思って」
「オマエね、もう少し危機感持ってくれない?」
「誰に?」

 心底不思議そうな顔で聞き返すのやめてくれない?割と傷つくから。男として見てません、って言われてるみたいでしんどくなるから。

「オレにでしょ。女の子が男の部屋で無防備にベッドに上がるとか本当やめて。他所でもやってるんじゃないかって心配になる」
「鉄朗にだけだよ?」
「いや、本当、それこそタチ悪いから」

 ほろ苦いコーヒーアイスを吸いながら、振り返ればナマエのアイスも空になっていて。やんわりと取り上げてゴミ箱に放り込めば不思議そうな顔。小学校も中学校も、高校まで同じ腐れ縁。昔からなんかあるたびに泣きついてきた幼馴染の眼差しに見つめられるとどうにも弱い自覚もある。
 
「っとに、相変わらず手のかかる幼馴染だよ、オマエは」
「鉄朗は相変わらず頼りになる幼馴染だよ?」

 今日もありがとうね、と柔らかい手が何を思ったのか、オレの肩を揉み始めるからその場に倒れ込みたくなる。

「……よし、研磨も呼ぼう」
「え?研磨来るかなぁ」
「来なくても呼ぶんだよ」

 ベッドの上には愛しい、恋しい幼馴染。二人きりで過ごせるほど幼くもない高校3年の夏休み、余裕のないオレが研磨に助けを求めて無視をされたのは言うまでもない。

『ゲームのイベントで忙しいから無理。いい加減、ナマエに好きだって言えば?クロなら余裕でしょ?』

 研磨から送られてきた血も涙もないメッセージ。呆れた顔の猫のスタンプに見つめられながら内心、オレが嘆いたことなど誰にもわかるはずもない。

「ねぇ、鉄朗。この動画の猫、めちゃくちゃ可愛いから見て?」
「はいはい、わかりましたよ。お嬢さん」

 ベッドの上を叩いて隣に来てと催促する幼馴染のスマホには子猫の動画。オレの忠告なんて何一つ意味がわかっていない幼馴染のナマエに正座で一時間くらい説教してやりたい気持ちを飲み込んで。
 寄せられた信頼を裏切らないように、15センチの距離を空けて隣に座れば満足そうな顔を向けられて思わず溜息が溢れる。

「……余裕?そんなのあるわけないでしょうが」
「何か言った?」
「なーんにも言ってません。で?猫が何。どれ?」

 ナマエのスマホを覗き込めば愛らしい子猫が、何匹もコロコロと転がって可愛らしい鳴き声をあげる。可愛い、可愛い、オレの幼馴染。このままオレの事をこの先もずっと1番に頼って欲しいなんて、いつになったら言えるだろうか。
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