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何しててもかっこいい

「エアコン、温度寒くないか?」
「大丈夫です。それより、私に合わせて盾崎さんは暑くないですか?」
「大丈夫だよ。気にすんな」

 長い前髪から覗く優しい目。ふっと細めた盾崎さんが軽くほんの2回だけ私の頭に触れる。3歳年上の盾崎さんは同じ大学生なのに、仕草も会話も全てが大人びて見えて、大きな掌に触れられていると勘違いをしたくなる。
 盾崎さんの車に乗せてもらうのはこれで何回目だろう。最初は台風が近づいた日に大学からアパートまで送ってもらった。その次はゼミの集まりの後に危ないからと送ってもらった。その後は、盾崎さんのアパートでレポートを見てもらったっけ。そのお礼に食事に誘ったりとか、色々あったけれど今日は少しいつもと違う。

『ミョウジ、週末は予定がないって言ってただろう?オレとデートしないか』

 いつもと変わらない落ち着いた声で声をかけられたのは自転車競技部にいた盾崎さんに借りていた本を返しに行った時。デートという言葉にドキドキさせられても、いつもと変わらない表情に真意はわからなかった。半ば冗談なのかと思えば、どこに行きたい?とか何が食べたい?とか。LINEのやり取りを思い出せば、混乱しながら今日を迎えた事に安堵する。
 盾崎さんの車が私のアパートの前に止まっていた事も、エスコートするみたいに鞄を後部座席に置いてくれたり、エアコンの温度を気にかけてくれたり。エアコンが少し苦手な事、覚えていてくれた事に頬が緩んだ。
 
「ミョウジは良い子だな」
「……良い子?」
「そのままの意味さ」
 
 聞き返しても、どこかはぐらかすみたいな微笑で返されて。左手がギアを入れる。ミッション車は盾崎さんの車に乗ったのが初めてだ。軽快に切り替える手の動きがなんだかとても大人に見えて、つい運転している横顔を見つめてしまう。盾崎さんは気付いてるのだと思う。
 時々、赤信号で止まると「オレの顔に何かついてるか?」なんて遠巻きに見過ぎだと教えてくれるから。

「マルゲリータのな、美味しい店を教えてもらったんだ。ミョウジ、前に好きだって言ってただろう?」
「え、覚えていてくれたんですか」
「まぁな。この前、貸した本のお礼に貰ったマフィンが美味かったから、そのお礼だよ」

 お礼のお礼。多分、そんな事をずっと繰り返しているような気がしたけれど、こちらとしては願ってもない状況に違いはなくて。好きな物を覚えていてくれた事に緩む頬を必死に押さえれば、長い指先がナビをセットする。

「ちょっと遠いんだけどな。まぁ、ドライブするのも悪くないかと思って」

 目的地まで高速を使って1時間。景色が綺麗だって友達のSNSで見たことがある場所。いつか盾崎さんと行けたら良いなぁ、なんて思っていた場所。

「飲み物でも買って行くか。コンビニでも寄る?」
「あ、それなら私買いに行ってきます。盾崎さんは何が良いですか?」
「じゃあ、アイスコーヒーを頼むよ」

 高速に入る前に立ち寄ったコンビニ。駐車する時にミラーに視線を送る姿もギアを切り替える左手も。片手でハンドルを回して、きっちりとラインの中に収まる運転も、やっぱり大人に思えてドキドキしてしまう。

「私、買ってきますね」

 とりあえず一旦落ち着こう、と車を降りる。鞄を抱えて、思わずデートだからと気合を入れてしまった自分の姿を見て恥ずかしくなった。
 コーヒーと紅茶を手にレジに並ぶ。お財布を開こうとすれば不意に背後からチョコレート菓子がカウンターに置かれた。振り返れば盾崎さんが立っていて、話しかけようとした時にはスマホの決済音。

「ん、行こうか」

 アイスコーヒーを片手に、盾崎さんが私の背中をポン、と押す。アイスティーとチョコレート菓子を慌てて手に取れば「好きだな」と笑った唇が弧を描いた。

「え!?」
「いや、ミョウジはいつも紅茶だから好きなんだなと思って」
「え、あ、そう……ですね」
「好き?違った?」
「……好きです」

 これ、紅茶の話だからと自分に言い聞かせながら、盾崎さんの隣を歩く。彼の車に乗り込めば、軽快に走り出した。高速に入る前の最後の赤信号、不意に盾崎さんが顔をこちらに向けた。

「箱、開けてもらってもいい?」

 チョコレート菓子の箱を慌てて開けて、袋ごと差し出そうとすれば薄く笑った唇が開く。無言で入れて、と言われているような気がして薄い唇にお菓子を近付けた。盾崎さんは、ふっと笑うと綺麗な歯でお菓子を噛む。

「……本当、ミョウジは可愛いな」

 からかわれているのか、遊ばれているのか。年上の盾崎さんにひたすら翻弄されながら、二人きりの密室は終始ドキドキしてしまった。片思いの年上の先輩。気に入られているとは思うけれど、向ける感情が同じかどうかがわからなくて、これ以上自分からは踏み出せないでいる。

「綺麗な所ですね」

 盾崎さんが連れて行ってくれたのは、海が見える高台のイタリアンレストラン。山の緑と空の青、海の碧がとても綺麗な場所だった。チーズの香りとオリーブオイルの香りで思わずお腹が鳴りそうになれば、盾崎さんは静かに笑っていた。

「こちらのお席にどうぞ」

 お店の人に案内されたのは景色も楽しめる窓際の席。予約席と書かれた札を見て、思わず盾崎さんの顔を二度見してしまった。

「ほら、ミョウジの好きなマルゲリータ、美味そうだろう?」

 メニュー表をこちら側に向けて優しく笑う年上の彼にとって、私の存在はなんなんだろう。

「……あの、盾崎さん」
「ん?どうした?」
「私、盾崎さんのこと」

 思わず、この曖昧な関係の答えが知りたくて、メニュー表を指差す盾崎さんの長い指先に視線を落とす。このまま好きです、と溢れそうな思いを吐き出せば楽になれるような気がしたのに。

「大丈夫だから、そんな不安そうな顔はしないでくれ。あ、メニュー適当に頼んでいいか?」

 一瞬だけ、盾崎さんが私の手をぎゅっと握る。すぐに離れてしまった熱い手に翻弄されれば、私の好きな物ばかりを盾崎さんはオーダーする。

「お飲み物はいかがされますか」
「ダージリンのアイス、で良かったか?」

 私の答えなんて、全部見透かしているみたいに。盾崎さんは私が頷くと、メニュー表を閉じた。告白のタイミングを見失って、思わず黙ってしまった事がカッコ悪くて視線から逃げるように景色を眺める。

「連れまわしてごめんな」
「いえ、私の方こそお世話になってばかりで!」
「ミョウジを見てると、つい構いたくなるんだ」

 可愛いからさ、と泣き黒子の瞳が優しく笑ったりするから。運ばれてきたアイスティーの氷がカラリ、と音を立てた瞬間、自分がこの恋からもう逃げられないところまで落ちたような気がして、溢れそうになる「好き」の言葉を愛しさと一緒に飲み込んだ。

 
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