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どうしても取られたくない 同棲葦木場君

 水族館のくじで当たった大きなウツボのぬいぐるみ。微妙にシュールなくせに低反発素材で抱き心地は悪くない。本当は下位賞の選べるマグネットが欲しかったのに、こういう時に限って上位賞の大きなぬいぐるみが当たってしまった。せめて、ペンギンやカワウソなら可愛げがあったのに、当たったのは目つきの悪い海のギャングだった。
 帰りの電車の中でも、ただでさえ背の高い拓斗は目立つのに、大きくて長いウツボを抱えていると異様に目立つ。それでも私が持っているよりも小さく見えるけれど、500円で手に入れたにしては、存在感のあるぬいぐるみだった。

「……目立つね」
「うん」

 二人で選んだ小さな部屋のリビングに置けば異様な存在感。ソファーに置いても、床に置いても、ベッドに置いても、ウツボはウツボ。最初は違和感のあった光景も数日すれば馴染んでしまって、抱き心地が悪くないせいもあって、気がつけば当たり前にどちらかが抱えるようになってしまった。
 接触冷感の低反発素材は悪くない。見た目の凶悪さとは裏腹にぎゅっと抱きしめていると、ひんやりと心地良くて眠気を誘う。長いウツボに手足を絡めれば、体全体がひんやりして心地良い。それは拓斗も同じらしくて、ソファーで並んでテレビを見ていても、無言でウツボの取り合いがはじまるようになってしまった。

「あー、癒される」

 テレビで柴犬の子犬がコロコロ走り回る動物番組を眺めながら、ウツボのぬいぐるみを抱きしめてソファーを占領する。お風呂上がりに気怠さの残る体を投げ出せば、ウトウトと瞼が重くなった。

「ナマエちゃん、何か飲む?」

 お風呂上がりの拓斗がキッチンで冷蔵庫を開けながら声をかけてくれる。よく冷えたミネラルウォーターがグラスに注がれて、テーブルの上に置かれた。エアコンを1度下げてひんやりした風を感じたから、ソファーを半分譲ってあげた。ウツボに手足を絡めたまま、グラスに手を伸ばせば火照った体が潤う気がした。

「……最近、ナマエちゃん、甘えてくれないよね」
「ん?どういう意味?」

 お風呂上がりの熱がこもった拓斗の腕。触れたら暑いだろうと思って身をひけば、不満そうな溜息が頭上からふってきた。
 長い足を開いたと思ったら、片足をソファーに乗せて横向きに座った拓斗が急にウツボを掴んで引っ張る。そのままウツボと一緒に拓斗の足の間に引っ張り込まれたら、触れた肌の熱がじんわりと温度を上げる気がした。拓斗の膝と私の間でウツボが潰れる。心地良さとひんやり感は悪くないのに、拓斗の顔を見上げれば眉毛が情けなく下がっていた。

「……ナマエちゃんの嘘つき。オレの腕の中が1番癒されるって言ったくせに」
「でも拓斗も私がいない時、ぎゅってしてるよね?昨日なんて朝起きた時、この子抱きしめてたよ?私の事は壁際に押し付けたのに」
「そんな事してないよ!……多分。ナマエちゃんだって、寝る時にオレのことは蹴飛ばすのに、この子抱きしめてる時あった」

 お互い心当たりがありすぎて、思わず視線を逸らす。今も無言でお互い、ウツボを取り合っているし、しがみつく私の腕からウツボを抜き取ろうと拓斗がもがいている。気持ちが良いから、自分は抱えたい。でも、相手が抱えているのは面白くない。堂々巡りのジレンマにどちらかがゆずればいいのに、なんとなく意地で張り合ってしまう。

「もう一個、買う?」

 同じ商品は水族館のお土産売り場に売っていたはず。それなら不毛な争いは生まれない気がして、一瞬想像した。一つずつ買ってしまったら、どうなるんだろうと。これからもっと暑くなるから、人肌よりも心地良くなってしまうかもしれない。

「……よし、この子はユキちゃんの所へ養子に出そう」
「えー、あげちゃうの?」
「だって、もうこの子がいればオレはいらないって言われたら立ち直れないし」

 わざとらしく両手を広げて、おいでと言われて逆らえるわけもなく。ほんの少し名残惜しさを感じながら、床にウツボを落とせば拓斗が満足そうに笑った。
 一瞬、長い手がウツボの頭を優しく撫でたから、思わず首筋にぎゅっと抱きついて邪魔をする。もう、本当に不毛な争い過ぎて情けない。ぬいぐるみを撫でていた大きな手を掴んで強制的に自分の頬に押し当てれば、長い指先が嬉しそうに頬に触れる。

「ナマエちゃんに甘えられるの、オレすごく好き」
「……そうやって拓斗が甘やかすから」

 熱のこもった人肌はこれからの季節、ちょっと触れ合うには暑いはずなのに。接触冷感の心地よかったぬいぐるみより、やっぱり彼の温もりが愛しくて心地良くてたまらない。
 

 
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