大学生東堂とお泊まり

 潤んだ瞳で見上げる視線。甘い声で「尽八、お願い」と愛しい恋人が願うなら、思わず両手を差し伸べたくなる。それがベッドの中なら何も迷うことはないし、本当に助けを求めているなら全力で手を貸すところだが、今夜ばかりはそうもいかない。

「ならんよ。甘えても駄目だ」
「尽八の馬鹿、意地悪、イケメンの無駄遣い」
「顔が良くて悪かったな」

 膨らんだ頬を両手で挟んで、至近距離でじっと見つめれば目を逸らすのはナマエの方。ほんのり赤くなった頬が萎むのをみれば、素直で可愛らしいと思った。

「それ、終わるまで寝るなよ」
「無理だよ」
「無理じゃない。大体早くやらなかったナマエが悪い」

 週明けに提出期限なゼミのレポート。なぜ2週間近く余裕はあったはずなのに、手をつけていなかったのかは理解できない。恋人が泊まりに来る約束をしているのだから、本来ならば事前に終わらせておくのが筋だ。むしろ、ナマエの反応からは完全に忘れていた、というのが本音なのだろう。

「それ、終わらないと明日はどこにも行かないからな」

 背後からノートパソコンを覗き込めば、文句を言いながらも半分ぐらいは終わっているらしい。振り返った悲壮感のある顔に軽くキスをして「まぁ、頑張れ」と頭を軽く叩く。机の上にあった『ランチ特集』の雑誌を手に、ナマエの背後に回れば「一緒に読みたい」と言わんばかりに振り返ってくる。

「ナマエ、レポートをやらないならオレは帰る」
「駄目。ちゃんとやるから帰らないで」
「それなら、早く片付けてくれ」

 小さく唸りながらも「帰らないでね?」と念を押して振り返る頭を撫ぜてやれば、諦めたようにノートパソコンに向き直す。
 ナマエの課題が終わるまでの時間を潰すべく、視線を落とした雑誌には所々パステルカラーの可愛い付箋の目印。開いてみれば、ナマエの好きそうな雰囲気のカフェが並ぶ。そう言えば見たいと言っていた映画もそろそろ公開していたはずだ。スマホで近場の映画館の上映時間を調べていると不意に視線を感じる。顔を上げれば、ナマエが不安そうな顔でオレを振り返っていた。

「帰らんよ。今日は泊まるつもりで来ているからな。明日は朝から出かけたいんだろう?頼むから、早く課題を片付けてくれ」

 甘えた視線に呆れながら、思わず手伝ってしまいたくなる衝動を飲み込む。こちらとて何が楽しくて課題に追われる背中を前に、手も足も出さずに大人しくしていると思っているのか。

「……キスしてくれたら頑張れる」
「ちゃんと終わったら、な」

 時計を確認して、時刻は23時。このままダラダラとレポートを書かれるのは正直辛い。

「0時過ぎたら、オレは先に寝る。明日はどこにも行かないし、起きたら帰る」

 そんな絶望した顔をするぐらいなら、なぜ日頃から早く課題をやらないのか、と小一時間説教してやりたい気持ちを押さえ込んで宣言すれば、さすがにナマエも堪えたらしい。無言のまま静かに頷くと、真顔でノートパソコンに向き直った。
 規則的なキーボードを叩く音。オレがページをめくる音。秋の夜にしては色気のない空気の中、欠伸を噛み殺す。本当ならば、今頃もう少し甘い時間を過ごすつもりで泊まりに来ていたというのに。

「先生、終わりました」
「間に合って良かったな」

 神妙な顔でナマエがレポートを完成させたのは23時55分。安堵しているナマエを腕の中に抱き寄せて、ちゃんとデータが保存されている事を確認してからノートパソコンの電源を落とす。

「待たせてごめんなさい」

 ぎゅっと抱きついてきたナマエの一言で絆されるあたり、自分が相当甘やかしている事は自覚していて。言葉の代わりに約束通りに唇を重ねれば、待ち焦がれていたのは自分の方だと笑うしかなかった。

「明日、どこへ行く?」

 待たされていたこの1時間、考えていた明日の予定を提案すれば、1時間前は絶望に染まっていた顔が花開くように綻ぶ。雑誌を片手に頬を寄せ合えば、明日は少し早く出かけて遠出をする結論に至った。映画とカフェはまた次の機会にして、明日は天気も良いらしいし、紅葉狩りに行くことにした。

「ならば、早く寝るか」
「え、もう寝ちゃうの?」

 上目遣いでオレの体に触れるナマエは誘っているのか、無意識か。どうせ、このままなし崩しになれば、寝起きの悪いナマエが寝坊するのは目に見えている。
 ぴったりと寄り添おうとするナマエを押し返して「明日、ナマエが起きなかったら置いて行く」と告げれば、しょんぼりした姿に思わず吹き出してしまった。

 あぁ、可愛い。少し抜けていて、甘えたがりの困った彼女の事が愛しくて、少しばかり意地悪になるのは仕方がないのかもしれない。どうせ、明日の朝も寝ぼけた彼女を起こすのはオレの方なんだろうと近い未来を思い描けば、自然と笑いが込み上げる。慌てて眠る用意をはじめたナマエを背後から抱きしめれば、ほのかに甘いボディークリームの香りに満たされて、細い首筋に触れるだけのキスをした。
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