遠距離恋愛の葦木場君と待ち合わせ

 乗り換えた電車が目的地とは逆方向だった。その事実に気がついた時には、もう電車の窓から見える景色は流れていて呆然とする。待ち合わせ時間には絶対間に合わないし、遅刻確定で三ヶ月ぶりのデートでやらかしてしまった事に泣きたくなった。
 慌ててスマホを取り出して『ごめん、電車乗り間違えちゃった』と謝罪メッセージとごめんねのスタンプを拓斗に送る。
 乗り慣れない路線の電車は思いがけないタイミングで揺れてその度によろけるし、ドアに頭はぶつけるし、慌てて降りた駅は全く知らない場所だった。時刻表をアプリで確認しながら反対方向のホームへと移動すれば、緩い動物のスタンプが届く。
 
『大丈夫だよ。慌てて走って転ばないでね』

 優しい文面に思わず拓斗の声が聞こえた気がする。いつもみたいにふわりと柔らかく笑う優しい声が懐かしい。大学に入ってからも変わらない彼に安堵しながらも、遠距離はやっぱり寂しいなと思った。
 電話で聞く声も好き、寂しいって言ってくれる声が好き。だけど触れられない距離がもどかしくて寂しくなる。待たせてごめんね、とメッセージを送ればすぐに既読になる。

『もうすぐ会えるから大丈夫だよ。ワクワクして待ってる』

 また緩い動物のスタンプと一緒に届くメッセージ。たわいもないやりとりを繰り返しながら、15分後に来た電車に飛び乗った。

『早く会いたいから改札まで迎えに行くね』

 言葉の一つ一つが嬉しくて。思わずスタンプに釣られて緩んでしまう顔を隠すように視線を伏せる。遠距離の待ち合わせって、なんでこんなに嬉しいんだろう。寂しくて、待ち遠しくて、愛しくなる。
 拓斗の使うスタンプはちょっと独特で、なぜかカワウソだったり、サンショウウオだったり。どこでそんな緩いスタンプ見つけたの、って思えるような不思議なセンス。だけど、他の誰とも被らないスタンプが届く度に幸せになるから、それもまた幸せだと思う。

『ナマエちゃん、方向音痴だから心配だよ』

 それはお互い様だよと思わず吹き出せば、周りの人から注がれる視線。緩む口元を抑えながら、今度は間違えないように乗り換える。遠距離だとお互い早く会いたくて、真ん中あたりの駅で会う事にしようって約束したのは面白い提案だけれど、私も拓斗も方向音痴だから大変だ。
 プチ旅行みたいで知らない土地で会うのは新鮮だしワクワクするけれど、その話を聞いた黒田君に「おまえらじゃ出会える気がしねぇ……」って呆れられたと拓斗が言っていたっけ。
 乗り換える事、15分。すっかり遅刻してしまってホームの階段を駆け上がる。今日に限って新しいヒールが走りにくい。でも、もうすぐ会えると思うと慣れない人混みも気にはならなかった。

「……拓斗、どこ?」

 あの高身長が目立たないわけがない。改札を出て周りを見渡しても、愛しい彼はどこにもいなくて。後ろから流れる人波に押されながら、慌てて壁際へと移動する。

『ナマエちゃん、どこ?』

 しょんぼりスタンプとメッセージ。慌てて電話をかければワンコールで拓斗の声。

「拓斗どこ?」
『ナマエちゃん、どこ?』

 お互い重なった声。思わず、周りを見渡しても懐かしい姿はどこにもいなくて。お互い改札出口にいると言い張っているのに、姿がない。まさかと思って確認すれば拓斗がいるのは地下鉄の改札口だった。

『……都会は怖いね』

 スマホ越しに聞こえる甘い溜息に思わず吹き出してしまいながら、場所を移動する。同じ構内にいるはずなのに、お互い移動しながら話をするからどうもすれ違いが生まれてしまう。

『あぁ、もう!ナマエちゃん、そこから動かないで。周りに何がある?』

 目の前にはパン屋さん。お店の名前と場所を告げて、人の邪魔にならないように端へとよれば電話はもう切られていた。さっきまで聞こえていた声が聞こえない。送ったスタンプが既読にならない。それだけの事がひどく不安になってしまって、今日の為に塗り直した爪をぼんやりと見つめる。

「……ナマエちゃん!」

 視線を伏せた数分後。懐かしい拓斗の声に顔を上げれば人混みの中を駆けてくる長身な彼。目が合った瞬間、優しく緩んだ表情を見たら、思わず駆け寄らずにはいられなかった。
 当たり前みたいに広がった両腕に泣きたくなる。思わず周りの目とか、恥ずかしさとか全部捨てて拓斗の腕の中に飛び込めば、思いがけないくらい強い力で抱きすくめられる。

「……会いたかった」

 胸いっぱいに吸い込んだ爽やかな香りが懐かしくて、愛しくて。思わず背中に回した腕に力を込めながらやっと一言呟けば、拓斗が身体を窮屈そうに屈めて額にキスを落とす。

「知らない場所で良かったかも。オレ、今すぐナマエちゃん抱きしめたくてたまらなかった」

 言葉よりもずっと早く、強く。抱きしめられた温もりに目を閉じたら拓斗の声と香りで泣きたくなるほど恋しくなってしまった。
 駅の構内で抱き合うなんて、今までなら考えられなかったし、多分することもなかったと思う。けれど、大きな翼の中でなら、どんな顔をしていても拓斗以外に見られる事はないから、今だけは他の事は何も考えたくはない。
 本当は寂しくて、泣きたくて、会いたくてたまらなかったのが私だけじゃなかったこと。それが伝わる抱擁に、あと5分だけ浸らせて欲しくて目を閉じた。
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