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福富寿一の我慢できなかった初めてのキス

 フクちゃんと付き合って三ヶ月。インターハイが終わって、以前よりも一緒に過ごす時間が増えてもフクちゃんは相変わらずフクちゃんなんだなって思った。
 インターハイ前はいつも自転車競技部のメンバーとお昼休みを過ごしていたフクちゃんが「一緒に食べるか?」と聞いてくれた時はとても嬉しくて舞い上がってしまったけれど。適切な距離感を保つ健全なお付き合いから一向に進展しないのは、フクちゃんが真面目すぎるからなのか、私の魅力が足りないからなのか。
 かろうじて、手は繋ぎました。この三ヶ月で3回。付き合う事になった日とインターハイが終わった1週間前と一昨日のお昼休み。腕を組むのが癖なのか、フクちゃんの両手はなかなかどうしてガードが固い。仁王立ちしてる凛々しいフクちゃんはかっこいいと思う。さりげなく手を繋ぎたいな、と思ってブレザーの肘を引っ張れば、キリッとした顔で「ミョウジ、どうした」と聞いてくれるのも好き。ただ、意志の強い眼差しを前にすると手を繋ぎたいなんて言えなくなってしまって、つい「なんでもない」なんて言ってしまう私が悪いんだと思う。
 真面目なフクちゃんは校内でイチャイチャする概念は多分ないし、そんな事するフクちゃんはフクちゃんじゃないとは思う。自分の願望とは裏腹に大好きなフクちゃんのイメージを大事にしたいと思う解釈違いと毎日戦いながら、今日も彼の顔を見つめる。
 フクちゃんは私の視線によく気がついてくれる。きっと全部を言葉にすれば叶えてくれるんだと思う。でも、フクちゃんの意思でやっぱり踏み出して欲しいなんて思うのは我儘だとわかっていても、心のどこかで期待してしまう。
 今日は中庭で2人でお弁当。私の作ってきたデザートのアップルパイをいつもより早いスピードで食べている横顔を可愛いなぁ、なんて見つめていたらキリッとした眉毛がピクリと動いた。

「ミョウジ、どうした」
「フクちゃん、今日何の日だと思う?」

 答えは付き合って三ヶ月目の記念日です。まぁ、一ヶ月目も二ヶ月目もフクちゃんは気が付かなかったけどね。

「数学の小テストの日だ」
「え、嘘でしょ」
「一昨日、プリントが配られただろう」

 忘れていたのか、と言われて目を逸らせば真面目なフクちゃんはテストに出るポイントを淡々と教えてくれる。いくら教えてもらっても、今更間に合う筈もなく、溜息をつけば不意に手首を掴まれてびっくりした。

「ミョウジ、今日のアップルパイも美味かった」

 手首を掴むフクちゃんの指。関節が太くてゴツゴツした男の人の指。

「え?うん。ありがとう」

 急にどうしたのかと顔を上げれば、意志の強い眼差しに見つめられて。不意打ちで恥ずかしさに視線を逸らせば、掴まれた手首にぎゅっと力がこもる。

「ミョウジ、言いたいことがあれば言ってくれ。言われなければ多分気付いてやれない」

 察しが悪くてすまない、と言葉にするフクちゃんはとても素直で。美味しかったと言ってくれたアップルパイは綺麗に完食されている。手首を掴む指が離そうか迷っているみたいだった。一瞬緩んだ指から抜け出して、そっと手を繋ぎ返す。

「……今日は付き合って三ヶ月目だよ」
「そうか。だから先月もアップルパイを作ってくれたのか」

 そういうことか、とコクリと頷く真面目な顔。フクちゃんは真面目な顔をしたまま、制服のブレザーから不意にスマホを取り出す。

「記念日は毎月祝うものなんだな」
「フクちゃん?」

 そういうものなのか、と呟いたフクちゃんの手元にはアプリのスケジュール。ゴツゴツした親指がタップするのは来月の今日の日付。フクちゃんには似合わない可愛いスタンプを一つ押すと、また次の月へとカレンダーはスライドする。
 真顔で似合わない行動をするフクちゃんは、きっと大真面目なんだろう。繋いだ指先も優しかったし、カレンダーを追いかける視線は真剣だった。ちょうど付き合って一年目の印をつけ終えたフクちゃんはなぜか満足そうに頷く。

「ミョウジが笑うとオレも嬉しい。一緒にいて楽しい男だとは思わないが、これからもよろしく頼む」

 キリッとした顔で最大限の愛情表現なんじゃないかと思う言葉を向けられて。思わず、繋いだ手にぎゅっと力を込めれば応えるみたいに握り返される。

「……私、もっとフクちゃんと仲良くしたい」
「たとえば、どうすればいい?」

 善処する、なんて頷かれたら思わず頬が緩んでしまう。そういえば、付き合い始めた時にもちゃんとフクちゃんに言われた気がする。言いたい事があれば言ってくれ、って。

「たまには手を繋ぎたい」
「他には?」
「……名前で呼んで欲しい」
「わかった、ナマエ」

 いつもみたいに頷いて、もう一度噛み締めるみたいにナマエ、と呼ばれれば思わず嬉しさと恥ずかしさと愛しさで顔があげられなくなってしまう。

「他には?」
「もうお腹いっぱいだよ」
「そうだな。アップルパイも食べたからな」

 あれは美味かった、なんて呟くフクちゃんはふざけているわけではないのだろうけれど。真面目すぎて、少し融通が利かない所が可愛くてたまらない。

「……ほんと、フクちゃん大好き」

 顔をあげて、勇気を出して抱きついてみようかな、なんて思った瞬間。不意に目の前にはフクちゃんの真剣な顔があって思わず息を飲む。
 体が後ろへ逃げそうになったのに、いつのまにか繋いでいない方の大きな右手が私の後頭部に回って、真剣な眼差しに捕まった。
 ゆっくり、触れた柔らかい唇。重なったのはほんの数秒。一瞬、離れたと思ったけれど力強い唇が追いかけてきて心底驚いた。
 絡めた指先に力がこもって、思わず息も苦しくなる頃、ゆっくりと離れたフクちゃんの唇。

「……すまない」

 可愛すぎて我慢ができなかった、なんて真顔で言われた私はどれだけ緩んだ顔をしていただろう。多分、もうすぐ昼休みは終わる。
 一瞬、フクちゃんの視線が校舎に向いた。もう少し、この幸せに浸りたくてフクちゃんのブレザーを掴んだら両腕が当たり前みたいに広げられたから泣きたくなってしまう。

「フクちゃん、大好き」

 コクン、なんて頷いて抱きしめてくれるフクちゃん。そこは大好きだよって返す所だよ、と言おうと思えば言えたけれど。さっき優しく触れた口元が優しく笑っていたから、それだけでもう十分幸せだった。
 
 付き合って三ヶ月。福富寿一は真面目で優しくて、思っていた以上に甘やかしてくれる恋人だったみたいです。

 
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