甘えん坊な年下彼氏の真波

 山岳の事は可愛いと思っていた。ふわふわと笑って、纏う空気が柔らかくて。キーマカレーを頬張って「美味しい」って笑う笑顔を見ていると仕事の疲れも飛んでいく気がした。

「オレ、ナマエちゃんが作るキーマカレーが一番好き」

 目尻を下げて、甘えた顔でおかわりを要求する山岳は大学生の男の子にしては幼く見えて。たった二歳差でもやっぱり10代は若いな、なんて呟いてしまった。

「すぐにそうやって年下扱いする」
「ごめん。あんまり可愛い顔で笑うから、つい」

 お米もたくさん炊いたし、カレーも鍋いっぱいに作ったはずなのに。気がつけばどちらも綺麗に完食されていて、驚いてしまった。山岳の細い身体のどこにあれだけの質量が収まっているんだろう。

「ナマエちゃん、アイス食べていい?」
「今から?お風呂の後にすれば?」
「はぁい。じゃあ、そうしまーす」

 柔らかく語尾を伸ばして、へらりと笑った山岳は冷凍庫をちょっとだけ覗くと素直に頷く。退屈なのか、洗い物をする私の背後にぴたりとくっついて「美味しかった。また作ってね」なんて笑うから、こんなに可愛い大学生の男の子が自分の恋人だなんて、何だか悪いことをしているような気持ちになってしまう。年齢は二歳差でも、大学生と社会人という立場の違いが余計にそう思わせるのかもしれない。

「明日はさ、仕事休み?」
「ん?明日は休みだよって言わなかったっけ」
 
 するりと身体に回った大きな手。洗い物をするには邪魔ではあるけれど、肩にぐりぐりと額をつけて甘えられるのは嫌いじゃない。

「だって、この前も休みだって言ってたのに呼び出されてた」
「あぁ、この前はちょっと特別。急に体調悪い人がいたから」
「泊まっていくって言ったのに、帰っちゃったでしょ」
「今日はどこにも行かないよ」
「帰れ、なんて言われたらオレ、もう立ち直れないからね?」
「大丈夫、絶対言わないから。お皿洗ってる間にお風呂先に入っていいよ」

 余程この前、泊まる約束を駄目にしたのが尾を引いているのか、念入りに確認する山岳は珍しい。いつも飄々としていて掴み所がない彼の甘えた言葉は、首筋に触れる髪と同じで、思いがけないタイミングで女心をくすぐられる。
 
「本当さ、山岳は可愛いよね」
「えー。別に可愛くないでしょ。オレ、こう見えても腹筋バキバキだし」

 するりとお腹に回っていた手が服の中に滑り込んで、長い指先が私のお腹をゆっくりとなぞった。びっくりしてお皿を落としそうになれば「危ないよ」なんて、少しも悪びれない声が耳元で笑う。

「良い子にしないと追い出すから」
「えー?ナマエちゃんの嘘つき」

 ひどいなぁ、なんて笑いながら山岳は首筋にキスを一つ落とすと、服の中から手を引き抜いて素直に体を離す。触れ合っていた背中と素肌に触れられていたお腹が急に寂しい、なんて思ってしまった。
 洗い終わった食器を慣れた手つきで拭いていく山岳の横顔をチラリと見上げれば、文句を言おうと思っても、嬉しそうな顔に何もいえなくなってしまう。

「今さ、ちょっと寂しいって思った?」

 山岳の澄んだ瞳はどこまで人の気持ちを見透かしているんだろう。悪戯するような表情がふっと消える。一枚、一枚丁寧にお皿の水滴を拭いながら、視線を伏せた山岳はいつもと同じ穏やかな顔をしているのに、どこか寂しい色を滲ませた。

「オレさ、この前の夜にナマエちゃんが急に帰っちゃってすごく寂しいって思った」
「……山岳」
「久しぶりに会えて、ナマエちゃんの事いっぱい抱きしめたいって思ってたのに」

 最後のお皿を洗い終わって、山岳と一緒にお皿を拭いていく。ごめんね、なんて謝る事に意味があるんだろうか、と思えば小さな溜息が溢れた。

「今日はずっと山岳と一緒にいるよ」

 トン、と山岳の肩に頭を寄せれば、最後のお皿は手から抜き取られてカウンターの上に静かに下ろされる。見た目よりもずっと逞しい腕にぎゅっと引き寄せられたら、綺麗な瞳にはもう、幼さなんてどこにもみえない。

「……ナマエちゃん、大好き」

 コツン、と当たる頭が甘えるみたいに擦り寄ってくる。どこか掴みどころのない気紛れな猫の様で、甘え上手な子犬の様で。山岳の甘い声が耳元で笑うと思わず釣られて笑みが溢れた。

「山岳、今日は甘えん坊だ」

 背中にぴったりとくっつく山岳の体温。一瞬、強く抱きすくめられて、そのまま体が反転させられたら、唇には触れるだけのキス。
 
「しょうがないよ、歳下だもん」

 だからオレのお願いは聞いてくれるでしょ、と悪戯っぽく笑った彼に誘われて。一緒に向かう先がバスルームだと気づいた時には、もう今日はどんなワガママも可愛く思えてしまうような気がした。
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