元カレの言葉を上書きしてくれる泉田

 ごめん。やっぱり友達でいよう、と彼から別れを切り出されたのは付き合い初めて3ヶ月目。へらり、と笑った顔は謝罪の言葉とは真逆に、ほんの少しも悪いなんて思っていない様に思えた。
 何も言い返せなくて、真っ直ぐに見つめていたら逸らされた視線。面倒そうな溜息と、こんな時でも手放さないスマホに指を滑らせているのを見たら、なんだかもうどうでも良くなってしまった。

「うん、わかった」
「あ、そんな感じなんだ?」

 今までありがとう、なんて言葉は嘘でも口にはしたくなくて。悔し紛れに呟いた一言で全部が終わりを告げて、友達どころか口も聞かない気まずいクラスメイトへと関係が変わった。
 だから、あまり周りからは別れた事を私が傷ついているとは思われていないし、中には私から別れを切り出したと思っている人もいるようだった。面倒すぎてもう嫌。早く卒業してしまえばいいのに、なんて思っていた、ある日。

「思ってたのとさ、ちょっと違ったんだよね」

 教室の中で不意に元彼が笑って呟いた言葉。一瞬、向けられた視線に混じった嘲笑に、自尊心とか自分を支える大事なものが壊れてしまう気がした。
 ざわついた放課後の教室。一瞬、シンと静まり返った空間に耐えられなくなる。思わず聞こえてしまっただけ。直接何かを言われたわけじゃない。
 思ってたのとちょっと違った、という元彼と友達の会話が聞こえただけ。
 じわり、と無意識に潤んだ視界。このまま教室にはいられない、いたくないと席を立てば廊下側の席にいた泉田君と不意に目があった。

「……ミョウジさん」

 いつも凛とした自転車競技部のキャプテンだった泉田君。真っ直ぐな眼差しが不意に私から元彼へと視線が向く。一瞬の泉田君の視線の動きで全部見透かされた様な気がして、逃げるみたいに廊下へと飛び出した。小走りに逃げて、誰もいない屋上へと階段を駆け上がろうとした瞬間、不意に腕が引かれる。

「あっ……!」

 バランスを崩して、その場で滑りそうになる体を支えてくれたのは大きな手。慌てて振り返れば泉田君がいた。

「すまない」

 居た堪れない、といった表情で謝られて、思わず愛想笑いを浮かべて誤魔化す。離れた腕から逃げるみたいに屋上へと向かえば、泉田君は一瞬迷った顔をしたけれど、私の後をついてきた。

「授業始まるよ?」
「ミョウジさんが戻るなら、一緒に戻るよ」

 今年1年、同じクラスになって泉田君が授業をサボっているのなんて見た事がない。どんなに眠たい授業だって、ピンと伸びた背中で前を向いていた凛とした人だ。

「……私は、ちょっとしばらくここにいようかな」

 屋上で少し肌寒い風を感じながら、真っ直ぐな視線から逃げる。同じクラスでさっきの反応。多分、元彼との事も泉田君は知っているんだろう。

「ミョウジさんが嫌じゃなければ、ここにいてもいいだろうか」
「泉田君も授業サボるの?」

 思わず似合わないなぁと笑えば、泉田君は目尻を下げて、ふっと笑う。屋上の扉を後ろ手に閉めて、私の前に立った。

「今のキミに言うのは、正しいかどうかわからないけれど」

 凛とした、けれど不思議と優しい声。泉田君は真面目でどこか綺麗な空気を纏っていて、彼の言葉は静かに穏やかに紡がれる。

「ミョウジさんは、素敵な人だよ」

 思わず顔を上げれば、泉田君はふわりと笑っていて。遠くで聞こえるチャイムの音なんて聞こえないみたいに静かな表情だった。

「……キミはとても素敵な人だ」
 
 思っていたのと、ちょっと違う、と。嘲笑うみたいな元彼の言葉を否定する優しい声。思わず、視界がぼやけて、視線を伏ればコンクリートに涙が吸い込まれていく。
 泉田君は真面目な人だから。真っ直ぐな人だから。そんな彼の言葉だからこそ、こんなにも胸の中に沁みていくのかもしれない。

「キミの為に、出来ることがあるのなら教えてくれないか」

 ぎゅっと握った泉田君の拳。優しい言葉と憂いを秘めた瞳が、私の存在を全部丸ごと認めてくれているよう気がして。思わず、その場に座り込んで涙が溢れれば、泉田君は、何も言わずにその場に膝をついてくれた。
 しゃくりあげながら、やっと呟いた一言は我儘で身勝手で、泉田君の優しさに甘えたものだったけれど。

「……次の授業まで、側にいて欲しい」
「キミがそれを望んでくれるなら」

 どこか安堵したように頷いてくれた泉田君はポロポロと泣きじゃくる私の側にいてくれて、思わず溢れてしまう、私なんて……という自虐的な言葉を呟く度に優しく否定してくれた。

「ミョウジさんは、素敵な人だよ」

 泉田君が何度も伝えてくれる、素敵な人、という言葉が。ただ、ただ、優しくて。壊れそうな心を緩やかに癒してくれる。

 散々、泣いた1時間後。泣き腫らした目で泉田君と一緒に教室へと戻った私を待っていたのは元彼だった。

「ナマエさ」
「遠慮してくれないか」

 何かを言いかけた元彼の肩をポン、と叩いた泉田君はとても穏やかな声だったけれど。

「これ以上、彼女を悲しませるのは」
「泉田には関係なくね?」

 舌打ちをする元彼の姿は、泉田君の向こう側。思わず、また泣きそうになって、目の前の泉田君のブレザーをつい掴んでしまった。

「そうだね。関係ないと思うよ」

 淡々とした声色の泉田君は、そっと後ろを振り返ると、まるで大丈夫だよ、と安心させるみたいに一瞬だけ笑う。

「……泉田君」
「でも、キミにも彼女を傷つけていい理由なんてないだろう?」

 凛とした、よく通る泉田君の声。真っ直ぐに伸びた彼の背中は、逞しくて、強くて、とても優しい場所だった。
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