福富寿一 誕生日 2023

 フクちゃんと一緒に暮らし始めて3ヶ月。ふとした瞬間に「あ、フクちゃんはこういうのが好きなんだ」って、気付く瞬間がある。
 例えば、天気の良い日に干したふかふかの羽布団。ベッドに入った瞬間、ふっと口元が緩んで笑ったりとか。

「今日、天気が良かったから干したの」
「そうか」

 ほんの一瞬、緩むフクちゃんの口元。別に褒めて欲しいわけじゃないし、言葉の少ないフクちゃんがもし急に雄弁に語り出したら熱でもあるんじゃないかって思う。けれど、ベッドでフクちゃんの隣に滑り込んだ時に、そっと髪を撫ぜてくれたりすると、あ、布団干しておいて良かった、なんて満足してしまう。
 フクちゃんは寝起きもいいから、寝顔を見るなんて滅多に出来ないけれど。たとえば、私が少しだけ早く起きて、コーヒーを先に淹れておいたりとか。パンの焼ける匂いだったり、全部準備しておいたタイミングで起こしてあげると、パチっと目を開けたフクちゃんの「おはよう」の声がとても柔らかい事に気付いてしまった。

「朝からどうした?」
「んー。今日も、フクちゃんはかっこいいなぁって思っただけ」

 新しい発見に思わず1人で笑ってしまえば、フクちゃんは少し不思議そうな顔をして。褒めるみたいに頭をポンポンと2回撫ぜるのがどうやら、愛情表現の一つらしい。

「朝飯、すまない」
「ううん。早く目が覚めたから」
「そうか。ナマエは目覚めがいいからな」

 いや、それは努力の賜物なんだけど。フクちゃんの寝顔を見るために頑張って早起きしたいだけなんだけど。だって、寝てる時だけだから。このキリッとした眉毛がふにゃりと下がって、目力の強い瞳から力が抜けるのは。目覚ましをかければ、絶対私よりもフクちゃんが先に目を覚ます。だから、いつも朝は静かな戦いだった。
 
 だけど、今日だけは絶対先に起きなきゃいけないって心に決めていた。3月3日、今日だけは絶対に。サイレントで微かなバイブ設定をかけたスマホを枕の下に忍ばせて、いつもより30分早く起きる。フクちゃんの可愛い寝顔をちょっとだけ堪能した後に手早く朝食の用意をした。
 そうする間にフクちゃんのアラームが鳴るのを、ベッドで寝顔を眺めながら待つ。アラームが鳴り始めて数秒。ぱちっと目覚めたフクちゃんの目元がキリッと引き締まる瞬間が最高にカッコいい。
 
「フクちゃん、お誕生日おめでとう」

 ベッドから起きあがろうとするフクちゃんのパジャマを掴んで、今日1番伝えたい事を、最初に伝える。一瞬、動きが固まって、もう一度スマホで日付を確認。それからコクリと頷くから、忘れていたのかもしれない。

「……すごいな」
「だって、フクちゃんの誕生日だから」

 ダイニングには張り切って作ったモーニングセット。でもフクちゃんは仕事だから、あまりお腹にもたないものを用意した。

「休みが取れなくてすまない」
「いいよ。そういう時もあるし」

 2人で手を合わせて、いただきますと声を合わせる。ハムエッグトーストを大きな口で頬張りながら、フクちゃんは何度も頷いていて。
 言葉にはならなくても、喜んでくれているのが伝わってくるから自然と笑みが溢れてしまう。今日の夕食は、もっと凄いから、どんな顔をするんだろうと思い描くだけでも幸せな気持ちが溢れてくるから、フクちゃんの存在って凄いなぁと思った。

「私、今日休みだからやるよ?」
「いや、2人でやれば早い」

 キッチンで食器を洗えば、フクちゃんがすぐに拭いてくれる。狭いキッチンに2人は並びにくいのに、大きな体を窮屈そうにしている姿が可愛く思えてしまった。

「今日ね、アップルパイ作ろうと思って。フクちゃんの好きな物いっぱい作るから楽しみにしてて?」

 ピクリ、と反応した凛々しい眉毛。こっそりと何度も練習はしてあるから、多分うまくできるはず。フクちゃんの視線がカウンターの上の林檎に止まって、ゆっくりと頷く姿が愛しくて、そっと体を寄せれば触れた場所から幸せが広がるような気がした。

「絶対に早く帰ってくる」

 ありがとう、と耳元で囁くみたいに体を寄せて呟いたフクちゃんが額にそっとキスをして。少ない言葉とは裏腹に両腕が一瞬、体に回って強く抱きしめられる。

「……名残惜しい」

 しばらく、ぎゅっと抱きしめてくれたフクちゃんが時計を睨んで吐き出した言葉は、最高に私を幸せにしてくれて。ゆっくりと腕を離して、いつもの涼しい顔で身支度を始めた姿に、やっぱり好きだなぁと思った。
 フクちゃんの好きな物でテーブルを埋め尽くして、プレゼントは隠して見つからないように。ほんの少しの表情の変化すら見落とさないように、なんて今から楽しみで仕方がない。

「いってらっしゃい」
「あぁ」

 スーツ姿のフクちゃんを見送れば、もうすでに早く帰ってきたら良いのになぁ、なんて夢みがちなことを考えてしまった。
 玄関を開けかけたフクちゃんが不意に立ち止まって真面目な顔で振り返る。

「忘れ物?」

 フクちゃんのスマホ、テーブルにあったかなとリビングに戻ろうとした一瞬、肘を掴んで引き寄せられた。

「ナマエの誕生日は、オレも同じ事をしようと思う」

 なんの宣言、と思った瞬間、押し当てられた熱い唇に思わず背伸びで応えながら。優しく頬を撫でる大きな掌が、誕生日を喜んでくれていると言葉よりも雄弁に語ってくれる。

「フクちゃん、ケーキ作れるの?」
「努力する。ナマエは何が好きだ」
「好きなものはフクちゃんだよ」
「……それは知っているが、そうじゃない。甘い物が好きなのは知っているが、1番好きなケーキはなんだ」

 言葉の合間に重ねるキスを繰り返せば、さすがに時間に余裕がなくなってきて。はぁ、と一つ溜息をついたフクちゃんが「できるだけ早く帰ってくる」ともう一度約束してくれたのが嬉しい。
 いつもより、少し急いで出掛けていくスーツ姿のフクちゃんの大きな背中を見送りながら、澄んだ空と凪いだ空気に、胸の奥に温かい感情が広がる。
 
 ねぇ、フクちゃん。本当にやったら困惑するのがわかっているからやらないけれど、世界中の人に大きな声で叫びたいんだよ?
 今日は私の大好きな彼、福富寿一が生まれた日です、って。
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