高校生の黒田と水族館デート
アルバイトもしていない高校生にとっては水族館でのデートはそれなりに敷居が高くて、出費が痛い。けれど、部活を引退した今、やっとナマエとゆっくりデートが出来る。けれど、そうは言っても受験を控えている身としては、そんなに自由になる時間がたくさんあるわけでもない。だから、インターハイが終わって最初のデートはナマエが行きたい所にしようって思っていた。
遊園地でも、牧場でも。ナマエが行きたいって言うならどこでも頷いてやるつもりだったけれど、水族館はダメ?なんて、遠慮がちに言われれば、一瞬頭の中に入館料2000円の文字がチラついたけれど、緩む口元は二つ返事で頷いていた。
「ねぇ、どこから回る?」
「順路通りでいいんじゃねぇの?その方が効率いいだろ」
日曜日の水族館なんて家族連れやカップルで溢れていて賑やかで。話をするのにも自然と顔は近いし、はぐれないようになんて理由をつけて手を繋げばいつもよりも距離が近い。
「じゃあ雪成、あっち見に行こう?」
「あんまりはしゃぐなよ、子供か」
学校で見せるよりもずっとキラキラした笑顔を向けられて、繋いだ手に自然と力が入る。ドーム型の水槽をくぐれば、ちょうど真上をエイがのんびりと泳ぐ。笑ったような顔に見えるエイの裏側がおかしくて思わずナマエと顔を見合わせて笑ってしまった。
些細な事が嬉しくて、初めての場所でのデートに足取りは自然と軽くなる。思わず調子にのって、人がいなくなった深海魚コーナーで頬に触れるだけのキスをすれば全然怒っていない顔で睨まれて、それもまた可愛いなんて思ったりしたオレも相当浮かれているんだと思う。
コツメカワウソに爪があるとか、ないとか、なんで水族館にカピバラがいるのかとか、じゃれ合うのも楽しくて。手頃な値段の小さなぬいぐるみをお揃いで買うとか普段なら恥ずかしいと思う事がなんとなく出来るのも、非日常的な空間のせいかもしれない。
だから、いつもよりもナマエが考えている事がよくわかるような気がする。学校の中では「雪成、全然わかってない!」なんてキレられる事の方が多いのに。
「何、入りてぇの?」
ナマエが一瞬立ち止まって、見上げた二階のカフェ。ネットで見たら水槽が中にあって雰囲気がいいらしい。高校生で財布の中身が軽いオレにとっては雰囲気よりも値段の方が正直な所は衝撃ではあったけれど、休憩するぐらいなら何とかなるだろうとナマエの手を引いた。一瞬驚いた顔に満面の笑みが広がれば、腹の中が暖かくなって満たされる。
ほんの少し大人びた空間に、二人で顔を見合わせて少し照れてしまう。案内された席に座れば、少し照明の落とした空間のソファー席。目の前に広がる水槽の中で泳ぐ色とりどりの熱帯魚をぼんやりと見つめれば、ナマエがオレの袖を引いて「ちょっと緊張するね」なんてはにかみながら笑った。
メニュー表を見て、ファミレスの二倍近くする値段に開きそうになる口を引き締めて、平静さを装いながらページを捲る。
「ナマエ、何にする?」
長い睫毛を伏せたナマエの視線。思わず、苺がたくさん乗ったパフェを指差せば、また驚いたような顔をした。
「これ?」
「えっ、でも高いし」
「じゃあ、ちょっとオレにも分けろよ」
ぎこちなく手を上げれば、なんだかイケメンな店員が静かにやって来て、オーダーをとる。カフェオレぐらいにしておこうと思ったのに、特定のデザートや飲物を頼むと水族館限定のコースターが付く事に気付いた。さっきお揃いで買った小さなコツメカワウソのぬいぐるみに良く似たコースターが付くのはクリームソーダだった。
「苺パフェと……クリームソーダで」
「雪成、珍しいね」
「あー、たまには甘いものでも良いかなって」
ナマエは多分、気付いてない。店員はオレにだけ特典を見せていたから、見ていなかったと思う。
「なんかあの魚、ナマエっぽい」
「え、なんで?」
「だってほら、あいつだけボケーっとしてるから他の魚とはぐれてる」
「迷子になったわけじゃないし!」
「バカ、でっかい声出すなよ」
思わず、ワントーン声が高くなったナマエの口を押さえれば、どう見たって大学生かもっと年上の大人達がこっちを見て笑っていた。「可愛いカップルだね、高校生くらいかな」なんて、声が聞こえてくればナマエの顔が赤くなる。つられてこっちまで顔が赤くなるのを片手で押さえれば、タイミング悪くパフェとクリームソーダが運ばれてきた。
「ん、コレやるよ」
「可愛い!え、何これ!」
だからいちいち煩いって、とナマエの口を押さえる。パフェに付いてきたのはイルカのコースターで、クリームソーダにはコツメカワウソ。キラキラした目で「可愛い!」を連発するナマエに苦笑いを浮かべながら、クリームソーダのさくらんぼをパフェの上に乗せてやった。
「ありがとう!雪成大好き!」
「……だから、マジで声がでかいって」
照れ隠しにバニラアイスをクリームソーダに沈めれば、泡がグラスから溢れそうなほどあがってくる。慌てて二人でスプーンを手にして、泡を掬いながら必死に食べれば、甘くて、とろけて、思わず頬が緩んだ。
「……雪成、大好き」
苺パフェを幸せそうに食べながら、甘えるみたいに肩にほんの少し持たれたナマエに頷き返す。クリームソーダのグラスに映る自分の弛んだ顔と目が合えば、好きなんて一言ですませられない、でかい感情を言葉にできなくて、炭酸と一緒に飲みくだす。
バニラアイスの溶けこんだ甘さにつられて、ナマエの耳元で「……オレもすげー大好き」と呟けば、眩暈がするほど恥ずかしくて、二人ともせっかく水槽の前にいるのに、もう顔があげられそうもなかった。