これからもよろしく

 銅橋君の声は太くて大きい。体も大きいから最初の印象はちょっと怖い人。けれど努力家でまっすぐな礼儀正しい真面目な人なのだと知ってからは、ちょっとした事でも彼が優しい人なのだと気づく様になった。ちょっとしたきっかけから、いつの間にか毎週月曜日は銅橋君と一緒にお昼を食べる事が習慣になっていた。

「弁当作んのだって金、かかんだろ」

 きっかけはお弁当のお礼だからと次の週に学食を奢ってもらったこと。ご丁寧にデザートまで付けてくれて、あまりにも嬉しくて。大きな口で大盛りカレーを食べている銅橋君に半分冗談で「来週、またお弁当作ったら一緒に食べてくれる?」って聞いたら、ポカーンと口を開けていたけれど「作るの大変なんじゃねぇのか」って言いながらも断られることはなかった。
 多分、銅橋君は嫌な事は嫌だってはっきり言う人だ。拒絶されないってことは作ってもいいのかな、なんて都合のいい解釈をして2ヶ月。いつもの待ち合わせ場所の飼育小屋近くで銅橋君を待っていると、明るい真波君の笑い声が聞こえて思わず物陰に身を隠した。

「え、付き合ってないの?」
「っせえな!」

 きょとんとした真波君の言葉に思わずお弁当箱を落としそうになって。慌ててその場に座り込めば、飼育小屋の前で銅橋君が噛みつきそうな勢いで真波君に吠えていた。

「えー。だってバシ君、よく一緒にミョウジさんとご飯食べてるから付き合ってるんだと思ってた」

 とても気になる話の内容に、こっそりと2人の様子を伺えばニコニコ飄々としている真波君とは対照的に銅橋君は真っ赤になっていて。思わず、どんな反応をするんだろうと身を乗り出せば急に真波君が振り返るから目が合ってしまった。

「あ、ミョウジさーん」
「……ミョウジ」

 見ない振りとか、空気を読むとか、気が付かない振りをする優しさとか、そういう文化は真波君にはないのだろうか。爽やかな笑顔で手を振る真波君と対照的にため息をついて空を仰ぐ銅橋君は見ていて痛々しい。逆の立場だったら、私も恐らく現実逃避したくて空を仰ぐ。

「ねえ、今日のお弁当は何が入ってるの?オレにも見せて〜」

 爽やかな王子様みたいな笑顔。人懐っこい笑顔で駆けよって来られたら、思わずお弁当の蓋を開けてしまう。「わー、美味しそうだね」なんてキラキラした目で褒められれば悪い気はしない。

「バシ君、オレも1個食べたい」
「あぁ!?」

 おねだりするみたいな顔で食べてもいい?と言われれば、つい箸を差し出してしまって。にっこり笑顔でお礼を言ったと思ったら、真波君は里芋の煮物をパクリと一口で食べる。

「ブハァ!てめ、真波……!」
「ミョウジさん、料理上手だね。すごい美味しい。いいなぁ、バシ君は」

 2つ目に手を伸ばそうとした真波君の後ろから銅橋君が箸を取り上げて。取り上げた自分が一番驚いたのか、驚愕した顔でお弁当と私を見比べているから思わず目を逸らしてしまった。

「ミョウジさん、ご馳走様。あ、オレ泉田さんと黒田さんに呼ばれてたんだっけ。遅刻の事でまた黒田さんに怒られるのかなぁ」
「てめえ、真波。先輩達を待たせてんじゃねえよ!さっさと行け!」

 ばいばーい、なんて笑顔で手を振る真波君は風というよりも台風みたいだ。残された私と銅橋君はお互いに硬直したまま、真波旋風が通り過ぎるのをぼんやりと見送るしか出来なかった。5分ほど身動き出来ないまま時間が過ぎて、これではいけないと意を決して声を上げる。

「あの、食べよう?時間、なくなっちゃうから」
「あ、あぁ。そうだな。ワリィ、待たせてた」
「いや、さっき来たばっかりだから大丈夫だよ!何にも見てないし、聞いてないし」

 慌てて取り繕うとすれば、余計な言葉ばかりが口をついて出る。火照った頬を隠すことも出来なくて、お弁当を銅橋君に押し付ければ、大きな手がお弁当を受け取ってくれた。いつもの様に、飼育小屋近くの階段に並んで座る。銅橋君は片手で持っていたペットボトルのお茶を一本、私の横に置いてくれた。
 今日のお弁当は里芋の煮っ転がしと厚焼き卵、鶏の照り焼きにほうれん草の卵とじで和食。おにぎりは最初の頃に比べると種類は減らすようにして、頑張り過ぎていない風を装う。
 
「今日暑いな」
「今日肌寒いね」

 真波旋風が過ぎ去った後の沈黙をなんとかしようと、お互いに絞り出した一言は完全に真逆で会話が終わる。お互い微妙な空気を打破しようとした結果、見事に失敗した。無言でおにぎりを頬張れば、銅橋君はしみじみと里芋の煮っ転がしを眺めていた。

「これ、美味いよな。オレ、好きなんだよ」

 大きな口が1番大きな里芋を口に放り込む。美味い、と言いながら笑った顔は、私が1番大好きな銅橋君の表情で。思わず、逞しい腕を掴んでしまったのは半分無意識。

「私、銅橋君が好き」

 こんな考えなしに告白するつもりなんてなくて。あれ、今なんでこんなこと言ったんだろうと思った時には時すでに遅く。大きな口で次の里芋を食べようとしていた銅橋君はフリーズしている。

「あの、ごめん、今のは無かったことに……」

 銅橋君が言った「好き」って言葉に半分釣られてしまった事を悔やんでも今更遅い。彼が好きなのは里芋の煮っ転がしの事だ。毎週、お昼を一緒に食べてくれるからって調子に乗り過ぎたのは言うまでもない。
 とりあえず笑って誤魔化しながら、卵焼きを口の中に頬張る。銅橋君のまっすぐな視線から逃げる様にオニギリに手を伸ばせば、銅橋君に急に手を掴まれて飛び上がりそうになった。

「悪かった」

 銅橋君の低い声がお腹に響く。ゴクリ、と唾を飲み込む喉仏の動きを見上げれば眉間に皺が寄っていた。

「……男からこういうのは言うべきだろ」

 情けねぇ、と舌打ちした意味が一瞬わからなかったのは、私の脳内が混乱して処理が追いつかないから。一緒にお弁当を食べるだけで嬉しいし、特別なのかなって思ってた。でも、好きだって言う事で今の心地良い関係が終わってしまうから、ズルい言い方で本質は避けてきた。銅橋君の優しい所に甘えて、お昼を二人で食べるという友達よりもちょっと特別な関係は居心地が良かった。

「オマエ、オレなんかを好きって趣味悪いな。もっと他にいいやつなんて山ほどいるだろ」
「私、銅橋君の好きな所ならたくさん言えるよ。とりあえず10個くらい言えばいい?」
「は?10個ってオマエ」
「大きくて逞しい所、優しい所。笑うと笑顔が可愛い所。自転車に乗っている時の楽しそうな笑顔も好き。困っている時に黙っていても手を貸してくれる思いやりのある所。それから」

 半ばもう自棄になっていたかもしれない。真っ赤になりながら、口をついて出たのは銅橋君の好きな所。目を丸くしてポカンと口を開けたままの銅橋君は私の言葉に目を白黒させながら、慌てて手を離したと思ったら私の口を塞いだ。

「わかった。もういい」

 耳まで真っ赤になって、困った顔が可愛い。口を塞がれた手は全然力が入っていなかったから、私の力でも簡単に外れた。

「じゃあ、銅橋君は?」

 ぎゅっと銅橋君の制服の袖を握って、顔を見上げる。一瞬、顔を背けられたから、思わず意地になって無理やり視界に入ってもう一度聞いた。

「……銅橋君は私のこと、どう思ってる?」

 顔を引き攣らせて、口をパクパクしている銅橋君は今まで見たことがないくらい動揺している。申し訳ないと思いながらも、今更後には私も引けなくて、これ以上は心臓が持たないと思いながら、銅橋君の袖を今度は少し強めに引いた。

「好きじゃなきゃ、毎週一緒に飯食いたいと思わねーよ」

 絞り出す様な声は、いつもの銅橋君からは想像出来なくて、思わず顔がニヤついてしまう。なんだかフワフワした気持ちになって、掴んでいた袖を離すと銅橋君の手をきゅっと握ってみた。やっぱり大きくて、分厚い手。
 
「オレなんかでいいのか」
「銅橋君がいい」
「ブッハ!即答かよ」

 眉と口角を上げて、ニヤッと笑った顔はどこか照れくさそうで。少しだけ黙った後、真顔でぎゅっと手を握り返されたら泣きたくなるほど幸せだと思った。

「じゃあ、まぁ……これからもよろしく」

 照れ隠しの様な、銅橋君の握手。ずっと触れたいと思っていた手が彼の意思で私の手を握っている事が、たまらなく幸せで嬉しい。
 もう離したくないって言ったら「飯、食わせろ」って照れた顔で振り払われたから、教室に帰るまで絶対手を繋いでやろうと固く心に誓ったことは、言うまでもない。
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