銅橋とお弁当を食べる
球技大会のドッジボールでちょろちょろと目の前を動くから鬱陶しくて庇った。目の前で階段から転げ落ちそうになっていたから思わず掴んだ。椅子の上で背伸びをしながらフラフラと掲示物を貼っていて、下着が見えそうだと隣のクラスの奴らがニヤニヤしていたから見かねて手を貸した。
2年で同じクラスになったミョウジは見かける度に何かしら危なっかしく、微妙に目につくやつだった。球技大会の一件から妙に懐かれたような気がしたのは気のせいではなかったらしい。
色々と重なって、何かお礼がしたいと言われて適当に食い物で、と答えたらなぜか弁当を作る話と一緒に食う流れになっていた。おかしいだろ、と思いながらも真っ赤な顔で言われて無下には出来るわけもなく。冗談なのか、本気なのかも図りかねないまま約束の日になった。
「銅橋くん、本当に今日っていい?」
「あ、あぁ」
「どこなら良いかなぁ」
「あー、飼育小屋の方……とか」
わかった、と頷いたミョウジは一瞬オレの顔を見上げて照れたように笑う。「先に行ってるね」と走り出した背中を見送りながら、アイツまた転ぶんじゃねえか、なんてぼんやりと思った。両手で抱えていたデカい鞄の中身を想像して、くすぐったい感情を押し隠すように口元を押さえる。小さな背中を追いかけながら、なんでアイツはマジで弁当作ってきてるんだ、と思う。
マジで重箱でも入ってんのか、ってぐらいデカい鞄を抱えて走り去った背中を追いかければ途中で簡単に追いついてしまいそうで。とりあえず、これ以上の距離を詰めない様に自販機でお茶2本とオレンジジュースを買ってミョウジの後をゆっくりと追う。
人気のない飼育小屋近くでそわそわしながら立っている名字がオレに気づいて嬉しそうに笑った。思わず見ているこっちが恥ずかしくなる素直な反応に、どう返せば良いのかわからない。とりあえず飼育小屋の影になる階段に並んで座れば、オレの影にすっぽりと小柄なミョウジは隠れてしまう。
「あの、これ。急に本当ごめん。いきなりお弁当とか、ちょっとやらかしたとは思ったんだけど」
緊張した顔で鞄を漁ると大きなタッパーがいくつか出てきた。重箱ではないにしても量も相当ある。差し出されるままに蓋を開ければ数種類のオニギリを筆頭にから揚げ、卵焼き、ハンバーグにウインナー、プチトマトやフルーツと色々入っていて正直驚いた。
「すげえな」
オニギリを一つとって頬張れば、中には昆布。二口で食べきれば名字はびっくりしてオレを見ていた。
「銅橋くん、口も大きいね。あ、こっちは中身違うから良かったら色々食べてみて?」
勧められるままに手を伸ばせば、次は鮭。次のは梅で種類の多さにも驚かされる。唐揚げもハンバーグも美味くて、思わず卵焼きを食べたら出汁巻きの美味さに「うめぇな」と声が出りる。
「良かった」
無防備なホッとした顔をされて、思わず息を呑む。ミョウジも食べ始めた様子をぼんやりと眺めれば、食べるスピードも遅いし口も小さい。
「こんなんでワリィ」
想像以上の美味さに驚きつつ、さっき買ったお茶とジュースを差し出せば、一瞬だけ指先が触れる。嬉しそうに「ありがとう」なんて言われて調子が狂う。
「オマエ、何時からこれ作った」
「え?あー、何時だったかなぁ」
へらりと笑って誤魔化すミョウジは相当早起きしたんだろう。時折、欠伸を噛み殺す姿が必死で可愛いと思った。
あまり弾まない会話は多分お互いに、この慣れない状況を取り繕う事に必死すぎて食べる事に専念していた結果で。
「美味かった。悪かったな」
「本当?苦手なやつとかなかった?」
「あぁ、全然。出汁巻きのやつ。あれ特に美味かった」
まだ口の中に余韻が残る美味さを思い出せば、空のタッパーを片付けていたミョウジが動きを止めて幸せそうな顔で笑う。
「あれ、1番の自信作」
朝早く起きてオレのために作った弁当の意味。感情丸出しで幸せそうな笑顔を見せられたら、ミョウジの気持ちがわからない、とは言えない。
「すごく嬉しい。練習して良かった」
「そりゃ、どうも」
これだけの量を朝っぱらから作るのは相当大変だったんじゃねえか、とは言えなくて。照れ隠しもあって、ぶっきらぼうにしか答えられない自分が情けねぇ。デザートにと差し出されたリンゴはウサギの形。ミョウジの見上げる視線が何かに似ていると思えば、ウサギとかそっち系の小動物みたいだと気づく。
新開さんのウサ吉を思い出して、思わず「ブハ!」と噴き出せば「ちょっと不格好なの混ざっててごめん」とミョウジが慌てていた。
「いや、そういう意味じゃねーよ。ウサ吉に似てんなと思っただけだ」
「ウサ吉?」
「あそこにいるウサギの名前」
「自転車部の人達がお世話してる子だよね?」
ミョウジは似ているのが自分の事だとは思っていないだろう。静かに立ち上がるとゲージの横に座り込んで中を覗き込む。確か泉田さんから見せてもらったウサ吉に食べさせていい物リストの中にリンゴは入っていたはずだ。
ウサ吉をそっと抱き上げて、ミョウジの膝の上に抱かせると目を丸くして喜ぶ。咥えていたリンゴを小さく割って、ウサ吉に食べさせれば、抱いていた名字が満面の笑みで笑った。
「うわぁ、可愛い!」
「……あぁ、可愛いな」
「銅橋君もウサギ好きなんだ?私もね、実はウサギ大好きなの!」
目尻を下げて、デレデレの顔でオレに笑いかけたミョウジにポロリとこぼしてしまった本音の意味を勘違いしてくれて良かったと思う。
「ウサ吉、可愛い!ふわふわ!」
優しくウサ吉を撫でながら、ニコニコと笑うミョウジに思わず釣られて顔が緩む。
「弁当ありがとな、すげえ美味かった」
お世辞抜きの賞賛を伝えれば、真っ赤になって照れた顔が恥ずかしそうに俯く。胃袋掴まれたわけじゃねぇ。ウサ吉を撫ぜる手をぼんやり見つめながら、あの小さな手に触れてみたいと思った事は多分、今がはじめてじゃない。