高校生隼人の片恋

 間違えた、と思った時にはもう遅かった。ガチャン、と鈍い音をたてて落ちてきたミルクティーのペットボトルは冷たくて、握りしめると指先から体温が奪われていく。諦めて飲むか、もう一本温かいのを買うか迷ったものの、2本はどうせ飲みきれないから諦めた。
 温かいロイヤルミルクティーが飲みたかったのに。下の段に並ぶ赤いボタンを押すつもりだったのに。少し考え事をしていた一瞬で、夏のお気に入りを押してしまった私は馬鹿だ。

「ミョウジ、ちょっと待って」

 寒いなぁ、とブレザーのポケットに手を入れて僅かな暖を求めていると、背中を軽く誰かが叩く。振り返るとクラスメイトの新開隼人君だった。
 長い指先はロイヤルミルクティーのホット、赤いボタンを押す。少し窮屈そうに体を屈めて取り出し口からミルクティーを取り出すと、一瞬だけ両手で暖を取った後、笑顔と一緒に差し出してくれた。

「ミョウジ、間違えて買っただろ」

 交換、と笑った口元は優しくて。新開君の後ろはまだ他の生徒が自動販売機に並んでいたから返事に迷っていると、腕を軽く引かれて少し離れた場所に連れ出される。

「ほら、交換」

 するりと手の中から抜き取られたペットボトル。交換、の言葉通りに温かいロイヤルミルクティーが手の中に収まった。「熱いから気をつけて」と優しく言ってくれた新開君の指先が一瞬触れたけれど、私の指よりも冷たかったような気がした。

「なんで間違えたのがわかったの?」
「ボタン押した瞬間、声が出てたからな。後ろから見てて思わず笑っちまうくらい絶望してる感じが溢れてたよ」

 冷たいロイヤルミルクティーのペットボトルを指先に挟んで新開君は笑う。穏やかな笑顔と柔らかい声。当たり前みたいな顔をして、優しくしてくれる新開君がモテる理由がわかる気がした。

「なんだか、いつも助けてもらってる気がする」
「ん?そうだっけ」

 新開君に譲ってもらったロイヤルミルクティーを開封して口をつけると甘みと温もりが広がって、お腹の中が気持ち良い。

「この前もさ、図書館で辞書貸してくれたよね」
「あぁ、覚えてたんだ?」
「あと、購買でお財布ぶちまけた時も助けてもらったような……」

 記憶を思い起こせば、色々とやらかした事がある。特に半年前にお財布をぶちまけた時は転がる小銭に泣きそうになった所を助けてくれたのは新開君だったはずだ。

「その後にミョウジにチョコ、奢ってもらったんだよ」
「え、そうだっけ?」
「そうだよ。美味かったからしばらくハマってさ。購買でよく買ったんだ。でもあれ、いつの間にか売ってないんだよなぁ」

 口の中でとろけるやつ、と言われて一番好きなチョコレートを思い出して自然と顔が綻ぶ。甘くて温かいミルクティーをゆっくりと飲むと「美味そうに飲むんだな」と新開君は目を細めた。

「あのチョコ、冬季限定なの。またお礼に買ってくるね」
「だから売ってないのか。結構気にして見てたんだけど、いつの間にかなくなっててさ」
 
 限定なら仕方ねぇな、なんて微笑む新開君と並んで歩きながら教室へ戻る。ゆっくりと歩幅を合わせて歩いてくれる彼はブレザーのポケットに手を入れて、換気のために開けられた廊下で風が吹くたびに、首をすくめる。
 何気なく視線を落とせばブレザーのジャケットの下にはカーディガン。男子にしては厚着な格好で、新開君は私と交換したミルクティーには一度も口をつけていない。

「……ごめん、もしかして新開君って寒いの苦手なんじゃない?」

 まだ十分に温かいミルクティーのペットボトルを新開君のブレザーのお腹あたりに差し込むと、一瞬面食らった顔をして「あったかいなぁ」なんて目尻を下げる。
 
「交換してくれてありがとう。新開君は優しいね」

 気を遣わせてごめん、と新開君の優しさに感謝をすればペットボトルを持ち替えた手で少しだけ彼は片手をお腹の方に当てて温もりを味わうと、困った笑顔を浮かべて、私にロイヤルミルクティーを返してくれた。

「ま、誰にでも優しいわけじゃないんだけどな」

 冷たいミルクティーを開けて、困った顔で笑いながら一口飲んだ新開君。少しだけ赤くなった耳と、微笑んだ口元は照れたように「やっぱ冷てえ」と笑っていた。新開君の言葉の意味を想像して、向けられる好意に気付かないわけじゃなかったけれど、彼はそれ以上は何も言わなかった。

「……あの、一口飲む?」

 自分の提案が恥ずかしくて、思わずそれ以上は言葉が出なかったけれど、見上げた新開君の顔は返事に詰まっていて、いつもどこか飄々としている彼が可愛く思える。優しい、優しい、クラスメイトの新開君。

「そういうの、男は馬鹿だから期待するから気をつけた方がいいよ」

 数秒、返答に迷った新開君が温かいロイヤルミルクティーに再び手を伸ばす。一瞬、私の手に触れた冷たい指先に弾かれて顔を上げれば、向けられた視線の熱に気持ちが揺さぶられる気がした。
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