葦木場は頑張る社会人の彼女を応援したい

 勉強中の私を応援したいなんて最愛の恋人に言われたら悪い気はしない。邪魔はしないから、ちょっと顔が見たいだけだからなんて言い訳しながら拓斗が部屋に来たのは2時間前の事だった。
 大きな体が右へ左へ忙しなく動く。物音を立てないように気遣ってくれているのはわかるけれど拓斗の長身は存在感がありすぎる。
 さっきはお風呂を洗ってくれていたし、宅急便も受け取りに行ってくれた。洗濯物も畳んでくれて、気がついたらもうクローゼットの中だった。
 今は明らかに私の休憩タイミングを待っているみたいで、こっそり様子を見に来ては物音を立てないようにソファーへと戻っていく。そんな長身の恋人が視界の端でウロウロしているのが可笑しくて、思わず堪えきれなくなり吹き出してしまった。

「ナマエちゃん!どうしたの?」
「ううん。何でもない。そろそろ休憩しようかなって思っただけ」

 休憩、と告げた瞬間に拓斗の顔に広がる満面の笑顔。大きな口が弧を描いて、嬉しそうに笑った。

「オレ、ココア入れてあげるね!」

 コンビニ袋を片手にキッチンへと飛び込む拓斗が可愛くて、思わずカウンター越しに頬杖をついて彼を見守る。何かしたそうだなと思っていたけれど、どうやら彼はこれが目的だったらしい。

「マグカップ、どれ使っていい?」
「どれでもいいよ。お揃いの新しいやつもあるよ」

 先週、出かけた雑貨屋さんで色違いで買ったマグカップ。そういえば、買ってから使うのは初めてかもしれない。色違いのマグカップを手に取った拓斗の顔が緩むのを見て、本当に可愛い人だなと思った。

「これ、オレの?」
「そうだよ。拓斗専用」

 むしろ恋人以外とお揃いのマグカップ、あなたは誰と使うのとツッコミたい気持ちもあるけれど「嬉しい」と微笑む彼が大変可愛いので、そんな意地悪は言わない。
 楽しそうに鼻歌混じりでココアのパッケージを取り出して、スプーンで掬う。一瞬、手を止めて愛おしそうにマグカップを撫ぜた拓斗の姿に、思わず緩む口元を押さえた。耳に心地良い鼻歌はなんだっけ。クラシックの曲で歓喜の歌だったかな。
 拓斗の頭の中で鳴ってるクラシック。曲名だけ聞いてもわからないって言ったら、最近は鼻歌で歌ってくれるようになった。

「もうちょっと待っててね」

 牛乳を注いで、大きな手にスプーンを持った拓斗がにこりと笑う。電子レンジから香るココアの香りにつられて、キッチンの中に入ると2人並ぶのはやっぱり狭かった。

「ナマエちゃん、頑張ってて偉いよ」
 
 電子レンジを覗き込みながら、瞳を細めた拓斗の顔が近づく。一瞬、キスを期待して顔をあげたのに、拓斗の視線は電子レンジに釘付けだった。

「なかなか遊べなくてごめんね。試験、終わったらどこか行こ?」
「ナマエちゃんが謝ることなんてないよ。オレの方こそ、邪魔してごめん。来たら迷惑かなって思ったんだけど」

 ふわりと優しい湯気の香るマグカップに牛乳を追加して、優しくスプーンで混ぜれば幸せが溶けていく。

「オレのこと、ナマエちゃんはいつも応援してくれてたなって思ったら、つい押しかけちゃった」

 電子レンジでゆっくりと温める優しいココア。美味しそうな香りに思わず顔を上げれば拓斗の伏せた視線とぶつかった。

「オレに出来ることなんてあんまりないと思うけど、ココアくらいなら入れられるかなぁと思ってさ」

 電子レンジを開けて、マグカップの中に拓斗が乗せたのは白いマシュマロ。ココアパウダーを少しだけかけて、もう一度電子レンジに戻す。

「ナマエちゃんなら、大丈夫」

 熱いから気をつけてね、とほんの少しだけ触れてくれたキスはマシュマロみたいに軽くて柔らかい。優しく溶けたマシュマロをスプーンで混ぜれば、甘くて優しい香りが部屋中に広がった。

「これ飲んだらオレ帰るよ。ナマエちゃん、頑張ってるの邪魔したくないし」
「……泊まっていかないの?」

 今までで一番美味しく出来たかも、と笑った拓斗の袖を掴んで思わず引き留めたい本音が口をつく。拓斗の優しさは温かくて心地良くて、困らせるのはわかっていたけれど可愛い事ばっかりするから帰したくない気持ちが抑えきれない。
 
「……ナマエちゃんの試験が終わるまで、オレも我慢するって決めてるから」

 そう言いながらも、無意識にキスしようとする拓斗を引き寄せたら、はっとしたように慌てて体が離れる。期待した唇が寂しい、と溜息をついたら触れたのは白いマシュマロだった。

「ナマエちゃん、オレを誘惑しないで!勝てる自信なんてこれっぽっちもないんだから!」

 キスの代わりに差し出されたマシュマロを一口で食べて、拓斗の指にわざとキスをする。一緒、迷いの浮かんだ拓斗の顔を見て、ココアを飲み終わるまでに彼の気が変われば良いなぁと思った。拓斗がいたら、もっと勉強も頑張れる。……そんな最後の口説き文句は奥の手に取っておこう。
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