追われるよりも追いたい悠人と年上の幼馴染

 
 毎日毎日、懲りもせずに声をかけてくるあの人は何を考えているんだろう。目が合った瞬間、ぱっと広がる満面の笑顔は昔と変わらないようで、少し違う。
 同じ制服を着ていても、2学年の差は埋められないし埋まるはずもない。だから、対応に困るのだ。昔と同じような距離感で、見え隠れする恋情にどう接するのが正解なのか。

「悠人、おはよ!」
「ミョウジ先輩、朝から暇なんですね」
「えー、だって朝ぐらいしか悠人の顔が見れないし」

 ひらひらと手を振りながら、向けられるのは満面の笑顔。二つ年上の三年女子が、一年の教室の前で足を止めるのは相当目立つはずなのに、ミョウジさんは平気な顔で呼びかけてくる。
 わざわざ遠回りをして、1年の教室の前を通るあの人は俗にいう幼馴染というやつで。昔から人の事を可愛い、可愛いと連呼する困った人だった。
 箱根学園に悠人が来ると思わなかったから、とても嬉しいと抱きつかれたのは入学式。思わず引き剥がして「セクハラやめてください」と言ったら「悠人が反抗期だ」と嘆かれた。

「ミョウジ先輩とか他人行儀なのやめて、昔みたいにナマエちゃんって呼ぼうよ」
「いや、あんた朝から何言ってるんですか」
「その敬語もやめようよー」
「先輩に生意気な口、聞けないんで」
「たまにはお昼ご飯、一緒に食べよ?」
「あんた、人の話聞いてないでしょ」

 面倒くさい人、と溜息をついて扉を無理矢理閉めれば、影がひらひらと手を振って遠のいていく。クラスメイトから注がれる温い視線を無視して窓際の席へと戻った。
 口を開けば、カッコ良くなったとか、背が伸びた、とか。そのくせ可愛い悠人と言われる度にむず痒くなって、腹が立つ。
 箱根学園に入学して数ヶ月、いまだ卒業した兄と比べられる事も多くて、鬱陶しい日々の中。あの人は「悠人」といつもオレの名を呼んでくれるけれど、距離感がおかしい。

『ナマエさんと付き合ってるんだと思ってた』

 クラスメイトも自転車競技部の上級生も。ただの幼馴染だと言えば、みんな同じ反応をする。マジであの人、何やってんのと思うレベルに周りからは勘違いをされていた。
 購買のチョコクロワッサンが美味いから、売店でお菓子が安かったから、体育でジャージを忘れたから、なんだんだと理由をつけてオレの所に顔を出すミョウジさんを適度にスルーしていたら、ある日突然に来なくなった。

「最近、ミョウジさん来ないね」
「後輩をからかうのに飽きたんでしょ」

 最初はどこか安堵して、クラスメイトからの言葉にも皮肉で返していたのに。1週間経っても全く姿を見せなくなると、なぜか苛々してきて、朝からやたらと廊下を気にするようになってしまった。

『悠人、おはよう!』なんて、明るい声が懐かしいなんて馬鹿げてる。チラッと三年の教室の前を通ったらミョウジさんは普通にいて。思わず部活の要件だけを黒田さんに伝えた後は、あの人の事は見ないフリをした。
 だから、正直驚いた。イライラしながらローラーを回していたら、葦木場さんからミョウジさんの話を振られたことに。

「悠人さ、ミョウジさんから話聞いてる?」
「何をですか?最近、あの人オレのとこ来ないんで知りませんよ」
「あ、そうなんだ」

 そっかぁ、といつもの調子で流されて肝心な話は何一つ得られない。試してるのか、と思うほどに葦木場さんはそのまま何も言ってはくれないのがもどかしい。

「……何をですか?」
「ん?」
「だから、あの人から聞いてないのかって話」
「え、でも本人から聞いてないならオレが話すのダメじゃない?」

 キョトンとした顔で正論返されれば、思わず顔が引き攣って。いや、幼馴染の事は気になるんで教えて下さいと頭を下げれば、言葉を濁しながらだったけれど葦木場さんは教えてくれた。ミョウジさんが二年のサッカー部のやつに言い寄られている事、そいつが三年の教室に押しかけている事。同じ事を自分がオレにしていた事実に落ち込んでいる事。

「あの人、マジでなんなの。人の事、散々振り回しといて」

 葦木場さんから聞いた次の日。オレはなぜか早足で登校早々、三年生の教室に向かった。三年の教室に行くとかハードル高すぎんだろ、と思いながらもミョウジさんのクラスへと向かう。

「……ナマエちゃん!」

 何年かぶりに名を呼べば、びっくりした顔がオレを見ていて。傍目にもわかるほどに一瞬で紅潮した顔に思わず優越感に浸る。

「悠人?どうしたの、急に。え、何かあった?」

 慌てて立ち上がって、駆け寄った彼女の耳はほんのりと染まる。今まではそっちがグイグイ来ていた癖に、何その中途半端な距離の取り方。おもむろに手を伸ばして、彼女の腕を捕まえたら、一瞬後ろに逃げられそうになったから、少しだけ力を入れて引き寄せた。

「ナマエちゃんが会いに来てくれないから、オレが来ちゃいました」

 何かあったのはそっちでしょ、と耳打ちすれば眉毛が下がって情けない顔になる年上の幼馴染。逃げ腰の彼女に思わず顔を近付ければ、また彼女の頬が赤く染まった。

「お昼、一緒に食べてくれますよね?」

 答えはYESですか、と首を傾げれば答えを聞く前に予鈴が鳴る。困惑した顔が頭の中から離れなくて、不思議と階段を駆け降りる足が浮き足立つ。

 あぁ、そっか。追われるより追いかける方がやっぱり楽しいのかも知れないと思えば、自然と頬が緩むような気がした。
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