大学生の銅橋は彼女に甘い

 左腕にしがみついて、お願いだから帰らないでと潤んだ瞳で懇願する彼女。お前良い加減にしろと睨めば、あからさまにしゅんとして、なんだかこっちが全面的に悪いような気持ちにさせられる。

「銅橋くん、帰らないで」
「……お前なぁ」
 
 ふわふわの冬用靴下はフローリングの上を面白いほどによく滑る。オレを引き止めようと腕にしがみついたミョウジを玄関まで引きずることは造作もない。

「本当に帰っちゃうの?」

 スニーカーを履きかけた所で、そんな情けない声を出されれば思わず足が止まる。モコモコのルームウェアを着ている名字はあからさまにしょんぼりした顔でオレを見ていて。諦めたように腕を放しておきながらも、遠慮がちに引かれたコートの袖に思わず唸ってしまった。
 大体、ミョウジが悪いのだ。課題が終わらないからサボらないように見ていて欲しいなんて言うくせに、オレがいる事で明らかに集中を欠いていた。
 10分おきに「銅橋くん」と話しかけられれば、流石に一緒にいる事で勉強の効率が下がっている事は嫌でも思い知らされる。

「……しばらくコンビニ行ってくる。戻ってきて真面目にやってなかったら本当に帰るからな」
「わかった。真面目にやる」

 あからさまに笑顔になったミョウジの態度に呆れながらも、自分の甘さに溜息が出る。年々、こいつ我儘で甘ったれになってねぇか、と思う反面そうさせているのは自分なのだと自覚がないわけじゃない。

「手、離せ」
「……ん」

 背伸びをして、オレのコートを引いて。キスをねだるような顔で見上げてくるミョウジの頭を軽く小突く。この流れでキスすると思ってんのか。

「ちゃんと勉強してたらな」
「はーい」

 不満そうな顔で返事をするミョウジに溜息をつき、玄関の鍵をポケットにいれた。その時点で絶対オレが帰ってくると確信したミョウジの口元が緩む。

「鍵、かけとけよ」

 クソ寒い、こんな時間に何が楽しくてコンビニに行かなきゃいけないのか。用事もなく、冷たい風を頬に感じながら、ふと振り返って扉の前に立つ。予想通り、すぐに扉が開いてミョウジが顔を出したから、思わず額を指で弾いた。絶対やると思ったけどやっぱりか。

「おい、鍵かけろって言っただろーが。なんで顔出してんだ」
「見送ろうとしただけだし」
「本気で戻ってこねーぞ」
「嫌。ちゃんと帰ってきて!」
「だったら、真面目にやれ!」

 もはや茶番にすら思えるやり取りをして、ミョウジを部屋に押し込み外から鍵をかける。普通はこれ、鍵かけるのは逆だろうに。ミョウジがもう一度出てこない事を確認してから、一番近いコンビニへ向かう。

「くそ寒いじゃねーか」

 誰のせいでこんな事になってるんだと舌打ちすれば脳裏に浮かぶ、ぽやんとしたミョウジの笑顔。っつーか、自分で言い出したものの、しばらくっていつ戻りゃいいのかわかんねえ。とりあえずスマホで時間を確認して、1時間を目処に時間を潰すべく歩き出す。
 コンビニのイートインでホットコーヒーを片手にスマホを眺める。課題や試験があると言われれば、それなりに会うのは控えようと思うし、邪魔はしたくないと思う。けれど、ミョウジはどうもオレがいると集中出来ねぇんじゃねえかと昔から思っていた。
 高校の頃を思い返しても、試験前に一緒に勉強しようと言い出すくせに、向かい合うとオレの事ばかり見ていてちっともやらなかったし、そのくせ常にオレより上をキープしていた事が懐かしい。

『ナマエちゃんって頭いいのに、バシ君の事になるとお馬鹿さんだよね』

 不思議チャンの真波にそんな事を言われて怒るどころか、嬉しそうに照れたミョウジを見た時は思わず阿呆か!と怒鳴った記憶は今でも忘れられない。昔から変わらない、真波に言わせると好き好きオーラ全開で向かってくるミョウジが可愛くないはずもなく。年々、甘やかしている自覚はあるが今更それはどうしようもない。
 今だって、あいつの課題が終わったらどこかへ出掛けようかなんて思いながら、アミューズメントパークを調べている辺り自分でも何やってんだとは思った。彼女と出かけるなら、と友人に勧められた場所はどこも無骨な自分には不似合いな気がして、画像を眺めているだけでも頬が引き攣る。
 散々、冷めたコーヒーで粘ったせいもあって、手ぶらで店を出るわけにもいかず、温かいペットボトルの紅茶と缶コーヒー、それから肉まんを土産に買う。

「あいつ、真面目にやってんだろうな」

 スマホで時間を確認すれば、部屋を出てからきっちり1時間がたっていて。一度もメッセージも来ていない所を見ると真面目にやってはいるらしい。
 アパートに着いてからは、あまり音を立てないように静かに鍵を開けた。リビングを覗くと、真剣な顔のミョウジがテーブルに向かっていた。オレに向ける緩んだ顔とは違い真剣な眼差しに思わず見惚れる。
 相当集中しているのか、向かい側に静かに座ってもミョウジは顔を上げなかった。オレに気付いていないわけじゃない。多分、今はミョウジなりに集中は切らしたくないのだろう。久しぶりに見る真剣な表情は、見ていても飽きなかった。思う存分、真面目な顔を正面から堪能していると、10分後にミョウジは両手をあげて「終わった!」と笑った。

「おう、お疲れ」
「銅橋くん。ちゃんと真面目にやったよ?」

 オレを見つめた顔が一瞬でへにゃりと緩む。テーブルから身を乗り出したミョウジに、お前どんだけキスして欲しいんだよと脳内で呆れつつ、コンビニ袋から肉まんを取り出してミョウジの唇に押し当てた。

「ほら、ご褒美」

 もう一つ袋から取り出してかぶりつけば、ふわりと柔らかくて温かい。両手で受け取って、お礼を言いながらも不満そうな顔が「ねぇ、キスは?」と不満を無言で物語っていた。

「あとで、してやるからとりあえず食っとけ」
「約束だからね」

 言質取りました、とばかりに大きな口で肉まんを頬張る姿をムカつくぐらい可愛いな、なんて思ってしまって次のデートはもうどこでも付き合ってやると思いながらも。こっ恥ずかしいし、どうせ調子に乗るだけだから口にするのはやめておいた。
- 64 -
[*前] | [TEXT] [次#]
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -