泉田との距離を縮めたい年下彼女

 泉田さんは真面目な人。真面目でとても誠実な人。自分に厳しく、ストイックという言葉が似合う人。だけど恋愛に対してはもう少し高校生らしくても良いんじゃないかと思うのは、私のワガママだろうか。

「ミョウジさん、大丈夫?何か困ってる?」

 いまだに泉田さんが私の告白を受け止めてくれた事が信じられないけれど、恋人になってもうすぐ2ヶ月。
 今日も放課後デートだと思いたいけれど、実質の所は勉強会。部活を引退した泉田さんは、今度は受験勉強に忙しい。寮に戻ると集中出来ないという理由で学校の図書室に向かう泉田さんに私も便乗しながら、全く進まない自主学習をする。
 一つ年上の泉田さんはわからない所を丁寧に教えてくれる。受験勉強の邪魔じゃないですか、と聞いたら「復習になるし、人に教えると自分の知識の再確認が出来るから気にしないで」なんて、優しく微笑まれたら邪な気持ちがあるとは言えなかった。
 向かい側に座るのをやめたのは、つい長いまつ毛を見つめてしまうから。けれど隣りに座れば距離が近くて、結局チラチラと横顔を見てしまう。やっぱりかっこいい。
 
「あの。ここが全然わからなくて」
「あぁ。その問題は解き方にコツがあって」

 隣に座った泉田さんが私のノートを覗き込む。数学の教科書を引き寄せて、耳元で声のトーンを落とされれば頭の中は違うことばかり考えてしまって、わかりやすいはずの説明が全く頭の中に入ってこない。

「というわけなんだけど、わかるかな?」
「……ごめんなさい。もう1回お願いします」

 ごめんなさいと謝れば、一瞬、緩んだ柔らかい表情を向けられる。思わず、私のノートにシャープペンを走らせる手に触れてみたい、と思った。
 長い指も真面目そうな綺麗な字も、泉田さんらしい。一度もちゃんと繋いだ事はない彼の手をじっと見つめる。廊下で転びそうになったり、不意に腕を引かれる瞬間とか、そんな時にしか触れた事はない、大きな手。
 思わず人差し指で泉田さんの手の甲をするりと撫ぜれば、筋肉質の体が強張った。解説してくれていた声がぴたりと止まる。ゆっくりと見上げれば、真っ赤になった泉田さんが視線を合わせた瞬間、弾かれたみたいに目を背けた。

「泉田さん、可愛い」

 うっかり滑った本音に、泉田さんの耳が赤く染まる。いつもの凛とした表情が崩れたのが珍しくて、思わずもっと近くで見たいと思ってしまう。

「いや、可愛いと言われても嬉しくはないよ」

 振り払うでもなく、怒るでもなく。私の人差し指に好き放題されている泉田さんの手。困惑した顔が可愛くて、もっと色んな顔が見たくなる。
 勇気を出して、泉田さんの手からシャープペンを抜き取って、空いた隙間に自分の指を絡ませた。ぴくり、と離れそうな指を握り締めれば、遠慮がちに握り返された事が嬉しかった。

「ミョウジさん?あの、どうすれば?」

 逃げそうな泉田さんの指を捕まえて、何か言わなきゃと思うけれど、言葉が出てこない。あなたの手に触れたい、もっと近づきたいなんて、言ったらどんな顔をするんだろう。
 大切にされている自覚はある。好意を向けられている実感もある。でも綺麗な感情だけじゃなくて、もっと熱のこもった視線で見つめて欲しいと思うのは我儘なんだろうか。

「泉田さん、勝負しましょう」
「急にどうしたんだい。勉強に疲れた?」
「勉強の事は、ちょっと忘れてください」

 え、君は何を言っているのと泉田さんが小さく呻いて、周囲を気にするように周りを見渡す。図書室の一番奥の席は特等席で基本誰も近づかないし、騒がなければ誰も気にはしない。

「腕相撲してください」
「今から?ここで?」

 唖然とする泉田さんの方に椅子を向けて、ぎゅっと手を握り直す。机に肘をつけば、困惑しながらもノートと教科書を机の端に寄せてくれた。本当に困りきった顔が可愛くて、なんだかドキドキして嬉しくなる。

「やれと言われればやるけど。君とボクとでは勝負にならないのでは?」

 真面目な顔で座り直して、机に肘をつく。遠慮がちに握られた手には全然力が入っていなくて、ただやんわりと繋がれているだけ。なんだかもう、一生離したくないなんて馬鹿なことを考えながら、泉田さんを見つめる。困り顔で、けれど優しい綺麗な瞳。困らせたい、なんて妙な欲が出たのは、いつも涼しい顔をしている彼の表情が揺れているのが嬉しかった。

「私が勝ったら、私からキスします。泉田さんが勝ったら泉田さんからキスしてくださいね」
「え?ミョウジさん、何を言って」
「はい、いきます。アブレディ?ゴー!」

彼の口癖を真似して見れば、一瞬大きく見開かれた目。勝負になると、本能的に負けたくない人なのか、一瞬だけ力が入って、私の手の甲が机に擦りそうになる。でも、机に触れる寸前にぴたりと動きが止まって、スタート位置にそっと戻された。顔を上げれば、今まで見たことがないぐらい、動揺した顔の泉田さん。
 力を入れてもびくともしない。だから、逆に自分の手がわざと倒されるように力をぬけば、泉田さんが絶妙な加減で引き戻すけれど、翻弄された表情は今まで見た事もないし、可愛くてドキドキする。

「本気でやってくれないと勝負になりません」

 掌から伝わる動揺が愛しくて。わざと力を抜いたり、引き戻される瞬間に力を込めたり。勝負がつかないようにわざと調整して、答えを先延ばしにしている泉田さんを翻弄すれば、頭上で大きな溜息がきこえた。
 
「こういう事は、勢いでするものじゃないよ」
「でも、そうでもしないと泉田さんとの距離は縮まらない気がして」
「ところで勝負がつかない場合、ミョウジさんはどうするつもりでいるのか聞いても?」

 優しく繋いだ掌から伝わる泉田さんの熱。困惑した表情に困らせている自覚はあるけれど、もっと深く知りたい気持ちに嘘はつけない。
 返す言葉に困って繋いでいない方の手を、泉田さんの頬に伸ばし、親指で唇を撫ぜる。あなたの唇に触れたい、という私なりの精一杯の意思表示。形の綺麗な唇が一瞬、呆けたように開いた瞬間、繋いでいた手の甲がトン、と机に触れて、泉田さんの勝利が決まる。

「……頼むから急に困らせないでくれ」

 溜息と共に、熱を帯びた手が私の頬に触れる。私と同じように指先が一瞬だけ唇を撫ぜたから、思わず目を閉じる。期待した熱が触れたのは唇ではなく、さっきまで繋いでいた手の甲だった。

「時と場所くらい、ボクに選択権をくれないか」

 熱を帯びた視線に見つめられながら、手の甲に囁かれる未来の約束。大好きな真っ直ぐな眼差しに射抜かれたら、素直に頷くしか出来ない。困らせた事を謝れば、泉田さんは大きな溜息をついた。

「ここが学校じゃなかったら、ね」

 少しだけ残念そうな困った顔が、そう遠くない未来の事だと語っているような気がして。約束みたいに小指を繋いだら「そろそろ真面目に勉強しよう」と少しだけ名残惜しそうに優しい手は離れていった。
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