元カレ○ス ver幼馴染な銅橋
昔から自覚はしていた。ナマエの泣き顔にオレは弱いという事を。それこそガキの時から何かある度にナマエはオレに泣きついてくるし、異性の幼馴染なんて厄介すぎて手に負えないと常々思っている。だから、久しぶりに送られてきたナマエからのメッセージと泣き顔スタンプに思わずスマホを遠くへぶん投げたくなった。
「……あのバカ、っとに懲りねぇな」
片手で頭を掻きながら無視を決め込むか一瞬迷う。けれど既読をつけてしまったから今更無視もない。
『彼氏に振られたんだけど、彼女が私だけじゃなかった』
続けて届いたメッセージの頭の悪い文面に思わず机に顔面を打ちつけたくなる。うっかりスマホを握る手に力が入ってしまい、嫌な音を立てる前に慌てて手を離した。
ナマエはアホだ。そして、そんなアホな奴に電話をかけるオレもバカなんだろう。こっちがかけることなんて予想してたと言わんばかりに、すぐに間の抜けた声が聞こえた。
『まーくん!聞いて!』
「その呼び方やめろって何回も言ってんだろうが!」
もはや、何年繰り返したかわからないやり取りから始まる幼馴染との電話。高校は別だったのに、大学は学部は違えど同じ所へ進学したのは腐れ縁というやつで。気がつけば今日の夜は一緒に飯を食べる話になっていた。
同じ大学といっても学部が違えば、約束でもしなければ鉢合う事もない。昔からの勢いのままに大学構内で「まーくん」なんて呼ばれたら、オレの被害の方がでかいので、基本名前とは大学内では接しないと決めている。
とりあえず1番近い駅で待ち合わせれば、5分遅れてナマエが走ってきた。
「ごめん、付き合わせて」
「そう思うなら毎回泣きついてくるんじゃねぇ」
友達に言えよと睨めば、あからさまに寂しそうな顔をする。昔から感情と表情が直結しているナマエは眉毛を下げて、しょんぼりしながら「ごめん」なんて呟いた。
「……で、さっきのメッセージなに」
話したいこと、聞いて欲しいことがある時にナマエはオレに連絡を寄越す。それが甘えなのか信頼なのか、ただの子供の頃からの習性なのかはわからない。けれど小動物みたいなナマエを見ていると放って置けないのはオレも癖みたいなものかもしれない。
適当にお好み焼き屋に入って、注文すればナマエは真顔でオレに話し始めて。結局焼くのはオレかよ、と心の中で思いながら鉄板に豚肉を広げた。
要約すれば、新しく出来た友人から恋人の写真を見せてもらったらナマエの彼氏だったらしく。あれ、おかしく無い?なんて思って彼氏にその話をしたら「ごめん、別れて」の一点張りだった、という事らしい。友人が嬉しそうにしていたから周りにも言えず、他の友達にも言えずモヤモヤしたままオレに連絡をしてきたらしい。
「これって二股かけられてたと思う?それとも付き合ってたのが私の勘違いだと思う?」
「どっちだとしても別れて良かっただろ、そんな奴」
どっちかなんて知らねぇし、知りたくも無い。苛立ちながら生地を鉄板に広げれば、ナマエは「そうだよね」と俯く。全くお好み焼き作る気のねぇナマエに、お前が食いてぇって言ったんだろ、と悪態つきたいのを堪えて淡々と焼く。ぽつりぽつりと吐き出す言葉は、聞いていても同じ男として腹立たしい。
「お金もまだ返してもらってなかったのに」
「あ!?金貸してたのか?」
「まーくん、サラダ頼む?」
メニュー表に視線落として呟いた言葉に思わず声を荒げてしまう。サラダとかどうでも良い、そうじゃねぇだろとメニュー表を取り上げれば驚いた顔がオレを見ていた。
「金、いくら貸してた?」
「別にそんなたくさん貸してないよ。5000円だし」
「5000円だし、じゃねぇだろ。貸したのいつ」
「先週かなぁ」
「なんで貸した?」
友達と飲みに行くのに財布忘れたって言ったから、なんて呟くナマエを思わずどつきたくなった。
「まーくん、お好み焼き焦げる」
「っせぇよ!テメェもやれよ!」
「だって、まーくんのが上手だし」
腹の底で沸々と湧き上がる怒りを込めてお好み焼きをひっくり返せば、上手だね、なんて間の抜けた返事。
「そいつどこの大学」
大学、学部、名前と年齢と矢継ぎ早に質問責めにすれば「まーくん、お父さんみたい」と笑い、相手のことは誤魔化して言わない。こういう時だけ賢いくせに、何でそんな変な男に引っ掛かるのか。
「貸した自分が悪いから」
「オマエ、本当に男見る目がねぇな……」
「本当にね」
くしゃっと笑ったと思ったら、涙ぐんだ目元。煙が目に染みる、なんて指先で拭うのを見れば思わずお好み焼きを鉄板に叩きつけてひっくり返したくなる。
そんな男に引っかかったナマエが悪い。けれど、どう考えたって男の方が悪い。
「ほら、焼けたから食え。とりあえず食って元気だせ」
「こんなに食べれないよ」
ポロポロ泣き出したナマエの皿にお好み焼きを取り分けて山盛り乗せれば、泣き顔がくしゃりと笑う。化粧したって、髪の色変えて、大人びた顔したって、目の前にいるのは大事な幼馴染。
『いい加減、もうオレにしとけ』
その一言を焼きたてのお好み焼きと一緒に飲み込めば、嫉妬で腹の中が焼ける気がした。