元カレ○ス ver隼人
1年付き合った彼との別れに傷ついたわけじゃない。彼の気持ちは離れていた自覚はあったし、最終的には惰性で付き合っていたとは思ってた。でも、やっぱり「好きな子が出来たから」なんて言葉は聞きたくなかったし、だったらもっと早く別れを切り出して欲しかった。正面からぶつかる勇気もなかった自分も似たようなものだと思いながらも、私以外の誰かを選ぶ為に切り捨てられた結果に腹がたったのかもしれない。
傷ついたわけじゃないと言いながら、なぜだかわからないモヤモヤがお腹の中に渦巻いて言葉にできない感情に苛立つ。
「荒れてるね。ヤケ酒付き合おうか?」
例の彼氏とやっと別れたんだ、おめでとうなんて爽やかな顔には似合わない毒を吐いたのは、同じ学部の新開君。何度か飲み会で一緒になって、自然と仲良くなった彼は気さくで面白い人だ。
「言い出したのはそっちだから、最後まで付き合ってよ?」
そんな可愛げのない返事をしつつ、バイトの後に待ち合わせをして、大学生向けの安い居酒屋へ向かう。どんどん料理を頼んで、お酒がすすむ。ビールに酎ハイ、梅酒にハイボール。気がつけば文字通りのやけ酒になっていて、ニコニコしている新開君に溜め込んでいた愚痴を吐き出してしまった。
グラスが空になるたびに、新開君が「そっか、しんどかったな」なんて目尻を下げながら話を聞いてくれるから、不満と後悔を吐き出してしまって。気がつけば空のグラスがいくつも並んでいた。
最悪な別れ方でモヤモヤしていた気持ちはお酒と一緒に飲み下したからなのか、新開君が聞き上手だったからなのか。お店を出る頃には、足元はふわふわしていたけれど、気分は悪くなかった。けれど不意に視界が歪んで、無意識に自分が泣いている事に気がつく。新開君にバレないようにとコートの袖で目元を擦ったら、滲んだマスカラがお気に入りのコートの袖についてしまった。
「別にさ、泣きたければ泣いてもいいと思うよ?」
「嫌。なんか負けたみたいで絶対泣きたくない」
「へぇ。意外と強情なんだな」
そんな言葉を涙声で呟けば、新開君は苦笑いを浮かべながら、あやすみたいに背中をポンポンと叩いてくれる。
「まだ、帰りたくない」
「良いよ。どこでも付き合う」
「じゃあ、カラオケ行こ?」
「オッケー、じゃあ行こうぜ」
指でバキュン、なんて撃ち抜くポーズと調子良く笑う新開君に釣られて頬が緩む。「ほら、ふらふらしてると危ないよ」なんて、歩道側と歩く場所を変わってくれる。寒さに弱いのか、お店を出てから何度目かわからない「さみぃな」という呟きが頭上から聞こえた。隣を歩く新開君の横顔を見上げれば、不意に目があって口角があがる。
やけ酒に付き合って、愚痴を聞いてくれて。帰りたくないとごねればカラオケに付き合ってくれる新開君の優しさに甘えて、我儘を言っているのは自覚している。元彼にぶつけられなかった苛立ちを全部受け入れてくれる優しさが嬉しい反面、自分がすごく嫌な女だと思った。
「ねぇ、なんでそんなに優しいの?」
「やっと別れたって聞いたから」
軽く笑って、背中をもう一度軽く触れてくれる。一瞬、言葉の意味を考えようと思ったら新開君は白い歯を見せて、首を横に振った。
「今はさ、ナマエにとって都合のいい男にしといてよ」
ほら、カラオケ行ったら何歌う?なんて柔らかい笑顔に誘われるがままに。酔っ払って半分思考回路の止まった世界で、新開君の優しさがじんわりと胸の中に染み込んでくる。また涙で滲んだ視界に思わず立ち止まれば、そっと手を引いてくれる新開君の冷たい手に涙が溢れた。
思っていたよりもずっと傷ついていた自分の心。何も考えずに甘えて良いよ、と無言で慈しんでくれる新開君の優しさに、今はただ甘えていたかった。