黒田雪成誕生日2023
週末の天気予報は雪マーク。どんなにテレビを睨んでも大寒波に注意という文字は消えないし、雪マークも消えない。美人のアナウンサーが外出を控えるように話すのを聞いていると、段々と眉間に皺がよる。
「これ、明日無理なんじゃねーの」
「……やだ、せっかく楽しみにしてたのに」
「いや、電車止まってたら行けねぇし。まぁ、あんま期待すんなよ」
スマホの天気予報も当たり前だけど雪マーク。リビングの端に置いた小さなスーツケースを横目にソファーに寝転べば呆れた顔の雪成が「ガキかよ」と笑った。
「だって、2ヶ月も前から楽しみにしてたのに……!」
「そうだな、ナマエはずっと楽しみにしてたから。まぁ、またそのうち行こうぜ。夢の国は逃げねぇよ」
雑な感じで頭を撫ぜながら、ソファーに投げ出したテーマパークの特集を手に取る雪成は少し呆れたみたいな顔をする。隣に座る雪成の腰に寝転がったまま、ぎゅっと抱きつけば「はいはい、残念賞」と頭の上に雑誌を載せられた。
「せっかく雪成の誕生日なのに!」
「2月生まれで悪かったな」
明日の朝は始発の電車で東京に向かう予定だったのに。初めての旅行のはずだったのに。もう雪成は天気予報を見て諦めているみたいだった。元々、テーマパークに行こうと言ったのは私の方だったし、3年ぶりの大寒波到来と言われれば旅行どころじゃなくなってしまうのもわかる。
「じゃあ、もし降ってなかった時の為に早く寝ようぜ」
「お願いだから積もらないで……!」
すでにベランダに積もりはじめた雪の量を見れば無理だとわかってはいるけれど。諦めきれない私はベッドの中ですら祈っていたら雪成が毛布の中で吹き出していた。
「どんだけ必死だよ」
「必死になるよ、雪成の誕生日で初旅行だよ?」
「まぁ、間が悪かったと思うしかねーよ」
「諦めきれない!」
「ワガママか。じゃあもう寝とけ。朝起きてから考えろ」
するりと伸びた両手に引き寄せられて、あやすみたいに後頭部を撫でられる。一瞬、腰を撫ぜた手は名残惜しそうにお腹を滑ったけれど、すぐに毛布を引き上げて寝かしつけるみたいに優しく頭を撫ぜてくれた。
「ほら、さっさと寝ろ」
眠れないよ、と首を振れば雪成は小さく溜息をつくと「じゃあもう目だけ瞑っとけ」と瞼にキスを一つ落とす。本当は日付が変わる瞬間におめでとうが言いたくて。けれど、明日の始発で出かけるかもしれない事を考えれば眠らなければいけないこともわかっている。
初めての旅行の予定だったのに、と名残惜しそうに呟けば雪成が喉を鳴らして「まだ言ってんのか」と笑った。その後も何度か同じやり取りをして、どちらが先に眠りについたのかはわからないけれど、触れ合った体温に誘われるみたいにいつの間にか眠りに落ちていた。
目が覚めた瞬間、隣にいるはずの雪成がいなくて、慌ててベッドから飛び起きれば午前5時。スウェット姿のままでベランダに出ている雪成を見つけて、慌てて飛び起きた。底冷えするような外気に耐えかねて毛布に包まりながらベランダに顔を出せば、一面の銀世界に思わずポカンと口を開けてしまった。
「予想以上に積もって、旅行どころかどこにも行けねぇな」
「嘘、こんなに積もる!?」
思わず毛布ごと雪成に抱きついて、冷えた体を抱きしめる。ベランダの隅には小さな雪だるまが座っていて、思わず触れた雪成の両手は氷みたいに冷たかった。開口1番、お誕生日おめでとうと言いたかったのに。あまりの冷たさに無理矢理部屋の中へと引き込んで慌ててエアコンを入れた。一体、雪成は何時から起きていたんだろう。
「……誕生日おめでとう」
「ん、すげー不満そうな顔で言うなよ」
冷えた両手で頬を引っ張られて、あまりの冷たさに首を竦めれば毛布ごと一緒にぐるぐるになった雪成と一緒にベッドへともつれるように戻る。
冷えた掌が素肌に潜り込んできて、思わず小さく声を上げれば雪成は髪を掻き上げながら優しいキスで唇を撫ぜた。
「旅行はまた、リベンジな。後で雪だるまでも作ろうぜ」
「……もう1回寝る?」
「オマエは寝てもいいよ」
せっかくの旅行がダメになったのに、あまり雪成は気にしている様子はなくて。ショックじゃないの、と半分拗ねてみれば冷たい掌が優しく頬を撫ぜてくれる。
「天気予報見て、多分無理だろうと思ってたからな。まぁ、オレ的にはさ。ナマエがオレの誕生日だって言って、一生懸命色々考えてくれるっつーのが可愛いし、嬉しいんだよ」
それに、雪は嫌いじゃねえんだ、と笑った雪成があんまりにも幸せそうな顔で笑うから、力一杯抱きしめたくなる。まだ暖かい毛布の中で微睡んでいたい気持ちもあったけれど、雪成が楽しいというのなら。
「わかった。着替えるから外に行こう」
「あ?こんな時間にかよ」
さっきまで1人でベランダにいた男が何を言っているんだろう。それでも覚悟を決めてベッドから飛び起きれば、雪成も満更じゃない顔で着替え始めるから笑ってしまう。
「あとで買物も行かないと。旅行のつもりだから冷蔵庫空っぽだよ」
「まぁ、スーパーぐらいなら歩いて行けるだろ」
もうケーキも作ろうかなぁ、と呟けば「え?マジで作れんの?」と言いたげに雪成の目が輝く。お互いにマフラーをぐるぐるに巻きあって、手袋越しに手を繋いで外に出れば真っ白な世界に思わず感嘆の声が上がった。
「階段、落ちんなよ」
アパートの駐車場はまだ誰も歩いていないのか、足跡一つなく。雪成の手に支えられてゆっくりと階段を降りれば、ふわふわの雪に足が埋もれた。
「……こんなに積もったの見たことねえな」
「雪だるま、いっぱい作れるね」
予定していたテーマパークの旅行は駄目になってしまったけれど。足跡一つない雪景色の中で笑う雪成を見ていると、なんだかこれはこれで悪くないような気がした。
「誕生日おめでとう、雪成」
「何回言うんだよ」
照れて鼻を擦る仕草は高校生の頃と変わっていなくて。大人びた表情とのギャップに胸がぎゅっと締め付けられる。
「何回でも言うよ、今日は雪成の日だから!」
とりあえず恥ずかしさと旅行に行けなかった悔しさと、愛しい気持ちが込み上げて、なんだかとても楽しくなってきて。思わずヤケになって雪成に飛びつき、雪の中に2人でダイブした。
「大好きだよ、雪成」
真っ白な雪に顔から飛び込めば、雪成がバカ!と叫んだ気はしたけれど。雪まみれになった彼が「ンなことは言われなくても知ってんだよ!」と悪態をついたから、とりあえず愛しの顔面に、丸めた雪を愛を込めてぶつけることにした。