拗らせ片恋な黒田の体育祭

 意識しなくたって気がつけば視界の端に入ってる。気が強くて、素直じゃなくて、可愛いのに可愛げのない女だと思ってた。

「それはユキがミョウジさんに噛みつくからだよ」
「ミョウジさん、オレには親切だよ?この前、購買の最後のクロワッサン譲ってくれたし」

 美味しかったなぁ、なんて的外れな感想を口にする拓斗とそれを突っ込むでもなく聞き流す塔一郎がミョウジに抱く印象はオレとはまるで違う。

「オレと一緒に走りたくねえ、ってどういう意味だよ」
「え?そのままの意味でしょ?ユキちゃんとは走りたくないって事だよ」
「拓斗、ユキが立ち直れなくなるから」

 キョトンとした顔で人の気持ちを抉るエースを睨めば、大きな体で塔一郎の背中に隠れようとする。全部丸見えだよ、隠れてねぇよ、バーカ!

「リレーの順番、高校生にもなってごねるやついるか?オレの前は走りたくねぇってなんなんだよ」
「ユキが意地の悪いことを言うから」
「オマエ、ちゃんとバトン運べよ?落とすなよ。オマエ、とろいから転んでんじゃねーぞ」
「……拓斗、オマエ喧嘩売ってんの?」
「言ったのはユキだよ」

 拓斗の言葉と塔一郎の正論が突き刺さり、思わずクソでかい溜息を吐く。話題の主を視線で追いかければ、ばっちり視線が合ったのにわざとらしく逸らされて、気まずい事この上ない。

「もうさぁ、なんであんな事言っちゃったの?」
「ウルセェよ。ついだよ、つい。ミョウジが『黒田の前とか最悪!』とか言うから」

 いつもの売り言葉に買い言葉。高校最後の体育祭、好きな奴と同じクラスになって同じリレーを走る。そんな青春、悪くねぇなんて思っていた気持ちに横やりを入れられた気がして、いつもの調子で言い返せば事態は最悪。

「黒田がアンカーなのは決定だし。ナマエ、それならスタートにする?」
「でも他のクラス、スタートは男子ばっからしいじゃん」

 男女混合400メートルリレーは得点も高いから、どこのクラスも割とマジで走る奴が多い。完全にヘソを曲げたミョウジが『黒田の前じゃなきゃどこでもいい』なんて言っているのを聞いて、背中を拓斗と塔一郎に小突かれた。

「……ユキ」
「ユキちゃん」
「わかったよ、オレが謝りゃいいんだろ」

 めんどくせ、と舌打ちをすれば「だから、そういう所だよ」と塔一郎にたしなめられて、ぐっと言葉を飲み込む。去年もミョウジとは同じクラスで仲が悪いわけじゃない。けれど、大人しいタイプの女子じゃねえミョウジとは、なぜかあまり相性が良くないとは自覚している。
 実はこっそり寄せてるオレの恋心なんてミョウジは全く気付くこともなく「彼氏が欲しい」だの平然と言われれば腹も立つわけで。常日頃から売り言葉に買い言葉。水と油どころかオリーブ油とサラダ油じゃ炎上しかしねぇ。
 ミョウジは拓斗には最後のパンを譲る優しさは見せてもオレ相手だったら、絶対に見せびらかして食べるぐらいのことはするだろう。

「ミョウジ、拗ねんなよ」
「拗ねてないよ、クソエリート」

 思わず可愛くねぇ、と言いかけた言葉をなんとか飲み込んでミョウジの前に立つ。ミョウジは足が早くて運動神経もいい。だから本気で転ぶなんて思ってねぇし、去年もリレーの選手だった事を知っている。

「オレの言い方が悪かった。だからオレの前が嫌だとか言うなよ」

 他のやつ困らせんな、とかまた口にしてしまった余計な一言を後悔しつつ、もう一度「ごめん」と繰り返す。オレが謝ると思っていなかったのか、ミョウジはちょっと怪訝な顔をしたけれど小さく頷いて「私もごめん」と俯く。

「黒田は足速いからさ、ごめん。ちょっと意地悪なこと私も言った」

 言い争った内容は小学生の運動会並。お互い微妙な気まずさを飲み込んで、結局オレがアンカーでその前はミョウジが走る事になった。その後のバトン練習もスムーズで、本音を言えば男女混合リレーは他のクラスに負ける気がしなかった。

「ねぇ、黒田」
「あ。何」

 長い髪を高い位置で結び直すミョウジの襟足から視線を逸らせば空が青い。秋晴れでこんな日はロードバイクに乗っても最高に気持ちが良いだろうと目を細めれば、ミョウジはオレの腕を引いた。

「私もユキって呼んでいい?」

 思わずぽかんと口を開けて間抜けな顔を晒した自覚はある。慌てて馬鹿面を隠すべく口元を押さえれば、ミョウジは真顔で「バトン渡す時、その方が呼びやすい」と利便性だけの提案をしてきた。ほんと、こいつのこういう所が腹が立つ。人の気も知らないで、平気で掻き乱してくる。

「ミョウジがそうしたいなら、好きに呼べば?」

 できる限りの平静を装って、そんな言葉を投げつけてみれば、口角を上げて「わかった。ユキ」なんて生意気な顔で名前を呼ばれれば悪い気はしない。

 まぁ、正直本音を言えば。体育祭当日、切羽詰まった顔で必死に走り僅差の二位を死守しながら「ユキ!お願い!」とオレの名前を叫んだミョウジ。差し出されたバトンを受け取った時、これで勝てなきゃ男じゃねえと思うから、ゴールに向かってひたすらに、オレは自慢の猫脚をしならせた。
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