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初キスリベンジ、黒田

 友達から恋人になった時、どこから何が変わるんだろう。その線引きは、どうやって変わればいいのだろう。
 2年の時からクラスメイトだった雪成と付き合い始めて5ヶ月。毎週火曜日と金曜日は一緒にお昼を食べるようになったり、おはようとか、おやすみとか何気ないメッセージやスタンプのやり取りが習慣になった。雪成が部活を引退してからは時々デートをするようになって2人で過ごす時間が少しずつ増えたと思う。手も繋ぐようになって、時々だけど「好き」って言葉をお互いに口にするし、目が合えばドキドキする。手を繋ぎたい時、雪成の長い指先が触れてくれると嬉しくて、握り返した瞬間に緩む口元も好きだった。
 薄いけれど形の良い唇が私の名を呼ぶ度にくすぐったくなるし、幸せが込み上げる。けれど、あの瞳にまっすぐ見つめられると駄目なのだ。真剣な眼差しで正面から見つめられると心臓が壊れそうで、息が出来なくなる。だから、付き合い始めて5ヶ月。いまだキスすらしていないのは一番最初に私が逃げた事が原因だとは思っている。付き合い始めて1ヶ月くらいの頃、誰もいない教室で、それは突然の出来事だったと思う。
 片手で後頭部を引き寄せられて、雪成の顔が至近距離に近づいた瞬間、あまりにも瞳が真剣でまるで違う人みたいに見えた。ギラギラした目に追い詰められるような不安と期待と、溢れそうなよくわからない感情に追い立てられて、本当はキスしたいと思ったのは同じだったのに、思わずプレッシャーに耐えきれなくて、持っていた英語の教科書で顔を隠してしまった。
 学校ではちょっとやだ、なんて苦し紛れの言い訳をした事を今は後悔している。あれから何度もチャンスはあった。せめて一言、今からキスすると宣言してくれたら心の準備ができるのに、雪成がそういう雰囲気になるのはいつも突然でタイミングが悪い。
 周りに人がいるとか、覚悟を決めた時に限ってスマホが鳴ったり。なんでチャイムが鳴る寸前にしようとするのかも意味がわからない。だから聞いてみる事にしたのだ、本人に。
 
「ねぇ、雪成がキスしたいって思うのは、どんな時?」
「はぁ!?」

 今日は一緒にお昼を食べる日。と言ってもお弁当を作るとかはしていなくて、一緒に買いに行った購買のパンを食べているだけなんだけど。意を決して投げた質問に、雪成はポカンと口を開けて目を見開いた。
 それこそ般若みたいに目をつりあげて、怖い顔。口に運びかけていたコロッケパンからコロッケが転がり落ちた事も気にせず、私を睨んでいた。

「いや……あの。その、まだしてないよね、って思って」

 グシャリ、と音が聞こえそうなほどコロッケの消えたコロッケパンを雪成が握りつぶすのを見て、投げる会話を間違えたと思った。

「ごめん、嘘。何でもない」
「あ?そんなん何でもねーとか、今更無かったことにできるか」

 握りつぶしたコロッケなしのパンを瞳孔開きそうな顔で口の中に押し込んで咀嚼する雪成の顔は正直怖い。キレてる時の顔だな、なんて思えば自然と雪成から一歩離れたくなる。無言でじっと睨むみたいな眼差しは、まるで猫みたいだった。
 ピリついた空気の中、雪成はウェットティッシュで指を一本、一本綺麗に拭く。全部拭き終わったら殺されるんじゃないかってくらい、雰囲気が怖くて目を逸らしたい。
 でも、目を逸らしたら、飛びかかられそうな圧を感じるから雪成の顔を恐る恐る見上げる。めちゃくちゃ怒った顔に思わず怒鳴られるんじゃないかと首をすくめれば、パンを飲み込んだ雪成がペットボトルのお茶を飲む。喉仏が上下するのを見つめれば、半分握りつぶすみたいにペットボトルの中身は半分に減っていた。
 ペットボトルを下ろしたと思ったら、大きく溜息を一つつくと雪成の手が私の後頭部にまわされた。今日は両手。がっちりと頭を抑えられて、下を向くことも目を逸らすことも出来なくなった。

「オマエ、それ、煽ってんの?」

 怒った口調で怖い顔をした雪成の言葉にぎゅっと心臓が痛くなる。至近距離でいつもより低い声で話されると、ドキドキもするし思わず目を瞑りたくなる。けれど目を閉じてはいけない気がして、必死に雪成の顔を見つめた。

「キスしたい時がどんな時か、だっけ?」

 ニヤッと上がった口角を見て、本当に余分な事を言ったと思う。めちゃくちゃ地雷を踏んだと分かっていても今更逃げられそうもない。ちょっと落ち着いてくれないかなとリード代わりに目の前で揺れる雪成のネクタイを掴めば「マジで煽んな」と舌打ちされた。

「可愛いって思った時」

 予想していたよりも、ずっと優しい声に思わずネクタイを掴む手に力が入る。また少し距離が近付いて雪成の声が熱を帯びた。

「オレのもんにしたいって思った時」

 もう心臓が壊れそうで。上がり続ける心拍数に耐えられなくなった瞬間、雪成の両手に力が入るのがわかった。

「ナマエ……だから、イイ?」

 そんな顔で、声で、願うみたいに額を押し付けられれば頷く以外の選択肢は選べるはずもなく。私が頷くのと同時に重なった唇は優しくて柔らかい。
 何度も角度を変えて、触れ合うキスに頭の奥が痺れる気がした。ネクタイを掴んでいた手がするりと落ちれば掬い上げてくれたのは雪成の左手。もっと深く触れ合うみたいに絡みついた指先に力が入るのとは真逆に、触れる唇はとても優しい。

「……オマエ、オレがどんだけキスしたかったか知らねーだろ」

 やっと唇が離れた時、不貞腐れたように呟いた雪成が可愛くて。思わず、拗ねた唇に今度は自分から、触れるだけのキスをした。付き合い始めて5ヶ月目。初めてのキスはほんの少しコロッケパンの味だった事は一生、多分忘れない。

 
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