初キスできない黒田

 退屈な恋愛映画に付き合わされて眠気と戦った2時間強。飯を食いに行く予定だったのに、どこがツボだったのかよくわからない琴線に触れたのか、潤んだ瞳で涙を浮かべるナマエが「今はそんな気分じゃない」とか意味のわかんねえ理由で飯は後回しにされた。
 正直、なにが面白かったのかよくわかんねえ恋愛映画に対する感想を求められても、特には思いつかない。とりあえず主演の女優が美人だった事とやたらとキスシーンが多かった事ぐらいしか頭の中には残っていない。けれど、そのまま思った事を口にすれば、「デリカシーがない!雪成、最低!」となじられるのは目に見えていた。

「ナマエはどうだったんだよ?」

 どのシーンが良かったんだよ、と矛先を逸らせば語りたかったのか、目を潤ませて「あのね、最初の2人が出会うシーンが……」と左腕にするりと体を寄せてくる。
 祝日のショッピングモールなんてそれなりに混んでいて、自然と話をしたければ距離が近づく。ナマエから腕を組んでくるなんて滅多にないから余程映画が楽しかったらしい。ナマエがどこか夢見心地に語るシーンを思い出そうとしても、そんな場面あったか?レベルで正直ピンとこない。
 オレとしては隣のシアターでやっていたアクションが見たかったのが本音で。当日までどっちを見るか決まらなくて、最悪ジャンケンだと話していたのに、キラキラした目で「雪成、お願い」なんてナマエが柄にもなく甘えた声を出すから、つい譲ってしまった。
 案の定、全く興味のなかった恋愛映画に「今の無理があんだろ」「いや、そんな事言われたら引くわ」とか脳内でツッコミをしながらポップコーンを食べなければ耐えられない時間だった。
 そんなオレとは真逆に少女漫画か!と、つっこみたいレベルにうっとりしているナマエには相当良作だったらしい。恋愛映画に思考が染まっているせいか、妙にふわふわと嬉しそうに話すナマエがいつもよりも可愛い。よく笑い、潤んだ瞳でオレを見上げながら一生懸命に恋愛について語る姿は悪くない。
 普段、学校で見せる生意気な態度はどこへ行ったのか、と思えるレベルには素直で可愛い。下ろした髪も、ふわりとしたスカートも。学校で見るよりも色づいた唇が笑うたびに、なんだか嬉しくなるから不思議だった。

「へー。そんなにあの俳優、かっこよかったかよ」

 途中から映画の感想というよりも、俳優のかっこよさに話が切り替わった時点で口を挟んでみる。やたらとキスシーンがドキドキした!なんて言い出したナマエに意地悪を言ったのは、つい先週オレがキスしようとしたらナマエが逃げたからなわけで。教室でそっと引き寄せたら「学校はちょっとやだ」とかごねられてオレは英語の教科書とキスをする羽目になった事は根に持っている。

「ナマエ」

 不意にエスカレーターで周りには誰もいなくて。思わず振り返ったナマエが上目遣いで見上げた瞳が愛しくて。不意に脳内に浮かんだ映画の中のキスシーンに触発された、と言い訳をしながら顔を寄せる。
 触れるだけのキスでいい、と思いながら淡く色づいた艶のある唇に吸い寄せられると、ナマエが急に笑ってオレの手を握った。

「俳優さんもかっこよかったけど、一番かっこいいのは雪成だからね?」

 照れた顔で笑うナマエはむかつくほどに可愛くて。きゅっと握られた手はオレの煩悩をへし折るには十分なほどに愛おしい。

「……おまえ、今日可愛すぎ」

 恋愛映画、舐めてたわと内心思いながら、また映画の話を始めたナマエの幸せそうな顔を見て、今度本屋で原作の小説を探してみよう、なんて柄にもない事を思った。
 軽い気持ちで初めてのキスをしようなんて、オレが馬鹿でしたとは言えないけれど。

「雪成、あのね」なんて、うっとりした声で何度も名前を呼ばれれば、幸せを噛みしめずにはいられないオレは多分すごく単純なのかもしれない。
- 58 -
[*前] | [TEXT] [次#]
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -